今月の音遊人
今月の音遊人:川井郁子さん「私にとっての“いい音楽”とは、別世界へ気持ちを運んでくれる翼です」
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前回紹介した「OUTERHELIOS」の登場より2年ちょっと前の2017年2月。
米Googleはすでに「人間とコンピューターがピアノでセッションできる新しい人工知能サービス」を発表していた。
名付けて“A.I. Duet”。
Googleが独自に組んだニューラルネットワークのうえで、これも独自に格納した膨大な楽曲データを使ってプログラムされているという。
ユーザーは、入力用に用意されたキーボードを使って演奏。すると、“A.I. Duet”がそのメロディーに対応して、掛け合いを演じてくれる。
デモンストレーションの様子はこちらのサイトに動画として掲載されているので、アクセスしてみてほしい。
解説しているヨタムさんの髪型が気になりすぎるのは別にして、おそらく12音階4〜5オクターブ程度のデータ入力に対しては、そのパターンを瞬時に認識して、過去の楽曲のなかから“A.I. Duet”が「適する」と判断したフレーズを“任意に”出力してくれるというシステムのようだ。
この“任意に”という部分が、AIの真骨頂である。
というのも、入力されるフレーズに1対1で対応する出力フレーズを用意するのであれば、それは単なるプログラミングの域を出ないからだ。
つまり、“任意に”であることがAIにとってきわめて重要であるということは、AIの在り方そのものがジャズ=アドリブの考えに非常に近いものであることを示しているのではないか──ということ。
さらに興味深いのは、この“A.I. Duet”が単なるフレーズに対する任意の反応にとどまらないことだ。
どういうことかといえば、“A.I. Duet”はGoogleの音楽AIプロジェクト(Magenta)の一環として作成されたもので、プログラムのソースコードが公開されているということに関係する。つまり、ユーザーはこの“A.I. Duet”を自分でいろいろといじくって、自分だけの反応の仕方に仕立てることができるわけなのだ。
要するに、プログラムを使って作曲をするというよりも、あるクセをもった演奏をするミュージシャンを自分のコンピューターのなかで育てていくようなものなのである。
ということは、音楽にとってAIの存在が当たり前になる時代には、コルトレーンをシミュレートした演奏をするプログラムではなく、それを超えた“自分好みのコルトレーン”が演奏してくれるプログラムを走らせて鑑賞できるようになるのだろう。
それは、ジャズのみならず音楽にとって良いことなのか悪いことなのか──。次回はそのあたりに触れてみたい。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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