Web音遊人(みゅーじん)

連載36[ジャズ事始め]アート・ブレイキーの誘いを断わった佐藤允彦の胸に去来していた想いとは?

「ボストンの“ジャズ・ワークショップ”というクラブでアート・ブレイキーのグループにsit inしたら、翌日アートから電話がかかった。次のツアーからレギュラーで入らないかという」(引用:佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』1997年、メーザー・ハウス刊)

「もうずいぶん以前の話」というこの佐藤允彦のエピソード、「ボストンに来てまだ半年も経っていないとき」というから、1967年の春あたりのことだろう。

アート・ブレイキーは1919年生まれ、米ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のドラマー。

1940年代のニューヨークにおけるビバップ勃興のキーパーソンのひとりに数えられ、50年代半ばには“ジャズ・メッセンジャーズ”を結成。60年代からは新たな時代の担い手を輩出する“ジャズ養成学校”の役割を担った、モダンジャズを象徴するミュージシャンのひとりだ。

初来日となった1961年のステージでは、ニューオーリンズ・スタイルともスウィングとも違う、アフリカン・アメリカンのテイストを前面に押し出したサウンドによる熱演で観衆を魅了、日本に“モダンジャズ・ブーム”を巻き起こすきっかけを作った。

そのときのメンバーは、リー・モーガン(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ボビー・ティモンズ(ピアノ)、ジミー・メリット(ベース)。

アート・ブレイキーは親日家として知られていたが、ボストンでsit in(シット・イン=“抗議運動としての座り込み”を指すが、音楽用語では“ステージへの飛び入り”の意で使われる)したこの日本人を差別なく受け容れ、その才能を認めて声をかけたのだろう。

1967年はジャズ・メッセンジャーズの公式なレコーディングがなかったので、前後のレコーディングからピアノのメンバー変遷を見てみよう。

1966年1月収録の『バターコーン・レディ』は、クレジットに“ニュー・ジャズ・メッセンジャーズ”とあるように、ピアノに新鋭のキース・ジャレットが参加しており、彼のレコード・デビュー作となった。

次の1970年2月収録『ジャズ・メッセンジャーズ’70』では、ピアノもジョアン・ブラッキーンに替わるなど、レコーディング空白期間に試行錯誤があったことがうかがえる。

ともあれ、そんなモダンジャズのトップ・バンドからの誘い(おそらくオーディションも兼ねていたと思われる)という千載一遇ともいうべきチャンスを得たわけだが、佐藤允彦は「丁重に」お断わりしてしまうのである。

理由を推し量るべくもないが、本稿の“仮説”をもってすれば、すでに“アメリカ人のジャズのなかで認められてもしかたがないのではないか”という“想い”をもって渡米した彼にとって、その誘いは手放しで喜べるものではなくなっていたのではないか──と思うのだ。

次回、その“想い”をもう少し掘り下げてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

前橋汀子

今月の音遊人

今月の音遊人:前橋汀子さん「同じ曲を何千回、何万回演奏しても、つねに新しい発見や見え方があるのです」

3959views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.14

3500views

楽器探訪 Anothertake

ピアニストの声となり歌い奏でる、コンサートグランドピアノ「CFX」の新モデル

6701views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

41982views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:和洋折衷のユニット竜馬四重奏がアルトヴェノーヴァのレッスンを初体験!

6181views

オトノ仕事人

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

20717views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26441views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12459views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16827views

Leon Symphony Jazz Orchestra

われら音遊人

われら音遊人:すべての楽曲が世界初演!唯一無二のジャズオーケストラ

2441views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

5283views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11807views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8464views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14587views

音楽ライターの眼

ドイツのプログレッシヴ/ポスト・メタル最重要バンド、ジ・オーシャンが2019年10月に初来日

5072views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

4275views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

2825views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

4642views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

11481views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6926views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

12697views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

16985views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

34998views