Web音遊人(みゅーじん)

クラシックを時短で演奏!?12年の積み重ねと3人の真摯な気持ちが詰まったニューアルバム『JITAN CLASSIC』を聴く/TSUKEMENインタビュー

バイオリンとピアノによるインスト・トリオ、TSUKEMEN。TAIRIK(バイオリン/ビオラ)、SUGURU(ピアノ)、KENTA(バイオリン)の3人全員が音楽大学出身というプロフィールを持ち、2008年のデビュー以来、クラシック音楽を柱に据えつつ、メンバーそれぞれのオリジナル曲をはじめジャズやポップス、映画音楽、はたまたゲーム音楽やEDMまで、実に幅広いレパートリーで多くのファンを獲得してきた。ほぼ1年に1枚のペースでアルバムを発表するほか、国内外で年間50本にも及ぶコンサート・ツアーを展開するなど積極的に活動している。このたび1年ぶりに発表された新作『JITAN CLASSIC』も、彼らの魅力を存分に楽しめる好盤となった。
「JITAN」とは「時短」のこと。一曲の演奏時間が長いクラシックの作品を、聴きやすくコンパクトにまとめて届けよう、というコンセプトだ。
「そうすることで、ひとりでも多くの方に僕たちのルーツであるクラシック音楽に触れてもらいたいんです」とはTAIRIK。彼はユニットのスポークスマン的存在であり、こちらが何か質問すると、大抵の場合は彼が最初に口を開いてくれる。
「そして、ゆくゆくは元の作品も聴いてもらえるようになったら、うれしいですよね」

写真左より、TAIRIK、KENTA、SUGURU

さて、彼らのコメントとともに、アルバムを紹介していこう。2020年に生誕250年を迎えたベートーヴェンの『運命』から始まり、日本でも人気の高いドヴォルジャーク『新世界より』へと続き、2本のバイオリンで聴かせるサラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』へ。特に『運命』と『新世界より』の2曲は、長大な原曲からエッセンスを巧みに抽出し、まさに「時短」ともいうべきコンパクトさでまとめられているのだが、物足りなさは微塵も感じない。それどころか、たった3人で演奏しているのが嘘のような音の厚みと、空間的な広がりをもって聴く者に迫ってきて、彼らの充実ぶりを感じさせる。
「冒頭の3曲は長生淳先生の編曲なんですけど、先生とはデビュー当時からの長い付き合いなので、お互いのことをわかりあえているんですよね。そうしたことがプラスに作用したのだと思います」
こう語るのはSUGURU。例えばTAIRIKが全体のコンセプトに関して語ったらSUGURUが音楽面のことに触れたり、ほかのメンバーの言葉を絶妙のタイミングで補足したりと、彼のコメントは、まるで即興演奏をしているよう。「レコーディングの現場では、マイクの位置やメンバー間の距離など、音に広がりをもたせるために試行錯誤しました」とTAIRIKが言えば、「あと、3人で10年以上活動を続けてきて、アンサンブルの中で音の長さなどの細かい表現にも気をつかえるようになってきたことが、音の厚みにつながっていると思います」と付け足したり。一歩引きつつも、絶えず全体を見ていることが覗える。
もうひとりのメンバーKENTAは、見た目ではクールでマイペースな印象だが、ひとたび口を開くと、熱い言葉が次々と飛び出してくる。
「音色やニュアンスを細部まで揃えられるようになって、演奏の自由度が格段に上がりましたね。特に『運命』のクオリティには自信があります。少人数でロビーコンサートをやったりするのにピッタリだと思いますよ」

さらにアルバムを聴き進めていこう。モーツァルトの『トルコ行進曲』とオッフェンバック『天国と地獄』をミックスした『トルコ天国地獄行進曲』、映画『ラ・ラ・ランド』の『アナザー・デイ・オブ・サン』とパッヘルベルのカノンを組み合わせた『ラ・ラ・カノン』とキャッチーなナンバーが続く。このあたりの選曲センスはTSUKEMENの真骨頂だ。
「音大の学生さんや、音楽を習っている方たちが『弾きたい!』と思えるような演奏に仕上がったと思います。楽譜も出版できたらうれしいですね」(TAIRIK)
そして、スウェーデン出身のカリスマDJ、アヴィーチー(1989~2018)『The Nights』へ。彼の曲は2019年のアルバム『時を超える絆』でも取り上げている。
「前からEDMには興味があったので、前作で思い切ってやってみたんです」(TAIRIK)
「本アルバムでは打ち込みのリズムを入れたけれど、ライブではなし。3人だけでどれだけできるか不安はありましたが、回を重ねるうちに仕上がってきました。EDMはライブで育てて自分たちのものにしたジャンルだといえますね」(SUGURU)

2019年6月、東京オペラシティ コンサートホールにて

アルバムの後半は各メンバーのオリジナルが並ぶ。「生命の誕生や輝きをテーマにしました」というSUGURUの『Starlight Ocean』はファンタジックな響きが印象的。そしてKENTAによる『5 Red Chateau』は5拍子のリズムに美しい旋律が乗るジャジーなナンバーだ。
「5拍子の曲は『テイク・ファイブ』に代表されるように、グルーヴが前面に出てくるものが多いですよね。そこをどうメロウに仕上げるか、かつ、ジャズのように自由な表現ができる余白を残すのかがテーマでした。また、曲名には、ボルドーの5大シャトーが似合うような、そんな歳の重ね方をしていきたいという思いも込めています」(KENTA)
そして最後はTAIRIKの『小さな奇跡』と『All For One』。どちらもきらめくようなメロディが心に残るポップ・チューンだ。
「この2曲は大切な人との絆がテーマになっています。先の『The Nights』も父子の絆を歌った曲で、つまり〈絆〉という言葉は本作の裏テーマになっているんです」(TAIRIK)
絆といえば、TSUKEMENの3人の間にも、強固な絆があるに違いない。何しろ、12年にわたり、絶えず同じメンバーで活動を続けているのだから。

「音楽と人間性って、表裏一体だと思うんですよ。音楽にはその人が出る。僕はSUGURUとKENTAに出会ったとき、2人の出す音を聴いて『一緒に音楽を続けられる仲間だ!』と思いました」とTAIRIKは言う。「お互いに尊敬しあっていますし、2人と一緒にいると、人生が豊かになります」
「やはりお互いの意見を尊重し合うことが、長く続ける秘訣だと思います」(SUGURU)
「真剣に音楽をやっていれば、お互いの意見が平行線のままのときもある。だけどリスペクトの気持ちがあれば、嫌な感情を持つこともないんです。みんな個人としての活動も行っているけれど、TSUKEMENにはホームのような安心感や居心地のよさがありますね」(KENTA)
お互いを尊敬し、信頼すること。そして12年の積み重ね。3人の真摯な想いが詰まった『JITAN CLASSIC』と、現在計画中のツアーに期待したい。
そして、急遽アルバムの最後に収められることになったトラック『DANCE!ベートーヴェン・シンフォニー』のオリジナルダンスも要注目。メンバーそれぞれがベートーヴェンに扮して踊る様子がYouTubeにアップされている。

ベートーヴェン3兄弟の指揮ダンス♪(在宅自撮り) おうちでうんどうしよう!

■アルバムインフォメーション
『JITAN CLASSIC』


発売元:キングレコード
発売日:2020年5月20日
価格:3,000円(税抜)
詳細はこちら
TSUKEMENオフィシャルサイト

特集

ケイコ・リー

今月の音遊人

今月の音遊人:ケイコ・リーさん「意識的に止めなければ、自然に耳に入ってくるすべての音楽が楽譜として浮かんでくるんです」

2938views

音楽ライターの眼

連載14[ジャズ事始め]アメリカよりも箔が付いた?“ジャズの蜜月地”上海

2565views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

11967views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

8993views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19796views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

11884views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10780views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3216views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

31417views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

5994views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4806views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10372views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

8444views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22909views

ティアーズ・フォー・フィアーズ

音楽ライターの眼

ティアーズ・フォー・フィアーズが『ソングス・フォー・ア・ナーヴァス・プラネット』を発表。繊細さと堂々さを兼ね備えたライヴ・アルバム

951views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

歌手・演奏者と共に観客を魅了する音楽を作り上げたい/コレペティトゥーアの仕事(後編)

7718views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

9820views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

5200views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

13923views

パイドパイパー・ダイアリー

こうしてわたしは「演奏が楽しくてしょうがない」 という心境になりました

8677views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

3212views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

9054views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10372views