Web音遊人(みゅーじん)

連載19[ジャズ事始め]ジャズのフィーリングを体得した穐吉敏子が「フィリピン人のようだ」と褒められたワケ

1929年(昭和4年)、当時の満州国・遼陽(現在の中華人民共和国遼寧省)で生まれた穐吉敏子は、小学1年生のときに耳にしたモーツァルトのピアノソナタ第11番第3楽章「トルコ行進曲」に導かれてピアノを弾くようになった。

ジャズと出逢うのは、終戦で日本へ引き揚げてきてからのこと。街のダンスホールに貼り出されていた「ピアニスト求む」という求人広告に惹かれてその門を叩き、戦時下では自由にならなかった演奏環境を取り戻せると思ったのが動機だった。つまり、ピアノさえ弾ければいいと思って飛び込んだダンスホールという場所では、どんな音楽の演奏能力が必要とされるかをまったく知らなかったことになる。

案の定、面接でバンドのリーダーに「コードは読めるのか?」と問われて「コードってなんですか?」と問い返す始末。しかし、全国にダンスブームが拡大し、楽器が弾けるなら“猫の手も借りたい”という時期だったことが味方し、採用。ひょんなことから、“世界のアキヨシ”と呼ばれるまでになるジャズ音楽家&ジャズ・ピアニストの歩みが始まることになった。

今回、“ジャズ事始め”の原稿を起こすにあたって、日本のジャズに影響を与えたに違いないアジアにおける“ジャズ文化圏”との関係性を取り上げ、考察しているわけだけれど、改めて穐吉敏子に関する文献をひもといてみると、興味深い記述を見つけることができたので、挙げておきたい。

大分・別府のダンスホールでジャズの仕事を始めた穐吉は、彼女にジャズのすばらしさを気付かせたテディ・ウィルソンのレコードを繰り返し聴いて、ジャズとしてのニュアンスや表現力を身につけていく。

ある日、彼女が所属していたビッグバンドが新たなレパートリーを追加。そこにはピアノ・ソロのパートがあったので、日頃から考え工夫していた演奏を披露してみたところ、終演後にリーダーからお褒めの言葉をもらった。

その理由は、「フィリピン人プレイヤーのように聞こえた」から──。

「つまりその頃は、フィリピン人プレイヤーのほうがジャズの感覚が日本人より優れているとされていたのです。実際、それから間もなく東京に出た私は、フィリピン出身のフランシスコ・キーコ(ピアノ)とレイモンド・コンテ(クラリネット)の率いる小編成のグループを聞いたことがあります。当時の私には彼らの演奏が素晴らしく、感心しました。いかにもジャズっぽい匂いだったのです。考えてみると、フィリピンは二十世紀初頭から第二次世界大戦が終わるまで米国のいわば植民地でありましたから、ジャズに触れている年数が日本より長いわけです」(引用:NHK人間講座・秋吉敏子「私のジャズ物語 ロング・イエロー・ロード」日本放送出版協会刊)

次回は、穐吉敏子の言葉をもう少し引用して、アメリカを拠点としながらアジア(日本)に軸足を置いた活動を続けた彼女が、どのようにジャズと向き合ったのかを見ていきたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:七海ひろきさん「声優の仕事をするようになって、日常の中の音に耳を傾けるようになりました」

14908views

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

音楽ライターの眼

ベルリン・フィル内に室内合奏団を生んだ、シューベルトの《八重奏曲》を聴く

7426views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

8701views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

7718views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若手サクソフォン奏者 住谷美帆がバイオリンに挑戦!

10682views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

弦楽器の“健康診断”から“治療”、健康アドバイスまで/弦楽器の調整や修理をする職人(前編)

15856views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10373views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12469views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

25162views

われら音遊人

われら音遊人:みんなの灯をひとつに集め、大きく照らす

6746views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5567views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35018views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

12078views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26502views

ポップにシン・発見(Phase48)伊福部昭「音楽入門」とブリテン「青少年のための管弦楽入門」、入門は厳しいか楽しいか

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase48)伊福部昭「音楽入門」とブリテン「青少年のための管弦楽入門」、入門は厳しいか楽しいか

1567views

オトノ仕事人

ピアノを通じて人と人とがつながる場所をコーディネートする/LovePianoプロジェクト運営の仕事

19853views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

8996views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15680views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

8684views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6936views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

17810views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12469views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11820views