今月の音遊人
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旅するチェロとギター、世界の鼓動を伝えるピアニシモ/宮田大&大萩康司デュオ・コンサート
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2022.4.15
風のささやきに耳をすませば、世界の静かな鼓動も聞こえてくる。そんなピアニシモの繊細なハーモニーとスケールの大きさが聴き手を魅了する。2022年3月23日、ヤマハホールでの「宮田大&大萩康司デュオ・コンサート」は、宮田のチェロ、大萩のクラシックギターという組み合わせが上質な時間をもたらした。コロナ禍や戦争によって人々が分断を強いられる今、サティからピアソラ、欧州から南米まで、異色のデュオが音楽の旅をさせてくれた。
2人は2020年、「旅行記」を意味する初のデュオアルバム『Travelogue』を出して以来、1年余りにわたり公演を重ねてきた。この日のヤマハホールは最後の旅路。チェロの伴奏はピアノが多いが、ナイロン弦のクラシックギターとなるとピアノよりも音量が小さく、音のバランスが重要になる。1曲目のサティ『ジュ・トゥ・ヴ』はピアノ独奏版が有名だが、2人は絶妙な匙加減で吐息のような柔らかい響きを作り上げた。音とは空気の震えが耳に届く現象であることを思い出す。繊細な気品をたたえる風のワルツだ。
サティのパリから大西洋を渡ってブラジルへと、スケールの大きな遊覧飛行が続く。ニャタリの『チェロとギターのためのソナタ』は、ラヴェルの『弦楽四重奏曲』やポルトガルのバンド、マドレデウスにも通じる音楽。フランス近代音楽、ブラジルのショーロ、ポルトガルのファドの要素が聞こえてくるのだ。ニャタリはボサノバの創始者、アントニオ・カルロス・ジョビンを世に送り出した作曲家といわれ、クラシックとポピュラーのジャンルを超えている。宮田と大萩の演奏はたおやかさの中にも情熱を忍ばせて、遠い昔への郷愁と哀愁が入り混じった「サウダージ」の気分を漂わせる。
ピアニシモよりもさらに小さな音を幾重も紡ぎ、デリケートな表現をきわめたのが英国の作曲家ヴォーン=ウィリアムズの『あげひばり』だ。原曲の独奏バイオリンの部分をチェロ、オーケストラの部分をギターが担う編曲。わずかに弦をさするほどのギターのストロークが、森のざわめきを響かせる。チェロが奏でるのは清澄な鳥の歌。空高く舞い上がるひばりのさえずりは小さいのだ。静かなアンサンブルの合間から大気や大地、都市の息遣いも聞こえてきそうだ。ピアニシモの技巧を駆使したこの曲は彼らのデュオの真骨頂だろう。
後半は再び大西洋を渡ってアルゼンチンへ。2022年7月に没後30年を迎えるピアソラの曲が続く。穏やかな中にも情念を込めた『タンティ・アンニ・プリマ』、情熱がほとばしる『ブエノスアイレスの四季』の「冬」「夏」など、静と動の表現がさえる。アンコールの一つはピアソラの『オブリビオン(忘却)』。「暗い曲を弾いてしまって」と宮田は謙遜して言ったが、暗くはない。美しくもはかない別れの時間は胸を打ち、忘れがたい。世界の音楽の多様性に耳を傾け、チェロとギターという彼らの独特な響きに旅先でまた巡り会いたい。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社メディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
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