Web音遊人(みゅーじん)

哀愁のスペイン、深いソロと熱いデュオ/沖仁フラメンコギター・コンサート

情念が詩となり、歌い踊るかのようだ。2020年12月4日、ヤマハホールでの「沖仁 フラメンコギター・コンサート」は、世界が認めるギタリストの多彩な表現力を印象づけた。12拍子の速いリズム、哀愁漂うフリギア旋法、いわゆる「ミの旋法」が特徴のフラメンコを基本様式にしつつ、自作から古典まで、シャープで彫りの深い響き、超絶技巧の展開がさえる。後半はクラシックギターの大萩康司とデュオで聴かせた。根から明るい演奏家たちだけにふさわしい、暗い情熱のスペイン音楽が、静かな夜をまぶしく揺らした。

歌も踊りも手拍子もない。ギター1本でフラメンコのすべてを伝える。コロナ対策が敷かれた公演。「静かな夜ですね」と沖がつぶやき、笑いを誘った会場は『スペインの庭の夜』だ。目を閉じて、自らの調べに聴き入る沖の姿は、静寂の暗がりから魂の声を呼び起こす儀式にも似る。細やかなアルペジオが心の襞を紡ぐ。激しいラスゲアード(かき鳴らし)の奏法が熱い情念をにじませる。「ラソファミ」といった下降する短調のコード進行はとりわけ感情を揺さぶる。

前半の自作メドレーは多彩で濃密だ。『Tremolo[トレモロ]~お別れの歌~』は、そこに歌詞があるように、繊細な震えで優しい旋律を奏でる。ギターの歌声に癒やされる。
クラシックも入れた。アルベニスのピアノ曲集『スペインの歌』から『前奏曲』。別名『アストゥリアス』で知られる。「フラメンコギターをイメージして作曲したのではないか」と沖は語る。ギター編曲は通常クラシックギターで演奏されるが、沖が愛器「テオドロ・ペレス」で弾くと、速いアルペジオのリズムが鮮やかに響く。4分の3拍子の曲が12拍子にも感じられる。粋なフラメンコ風はアルベニスの真意を突いている。

カナダ留学時に「クラシックギターのつもりでフラメンコギターを買ってしまった」。それがアンダルシアでの修業につながったが、「今もクラシックギターは好き」だ。後半の大萩との共演は、沖の幅広い音楽性を示した。まずは定番「禁じられた遊び」を沖の編曲で弾いた。単純な短調の曲が、超絶技巧を織り込んだ変奏曲となり、両ギターの音色の違いと相まってスリリングに展開する。

『火祭りの踊り』などファリャの3曲は、正統的ながらも熱量の多い二重奏だ。ロドリーゴの『アランフェス協奏曲』第2楽章は、フラメンコのブレリアのリズムを取り入れた沖の編曲で、哀愁と幻想の度合いが増した。締めのデュオは沖の自作『タンゴ・アン・スカイ』。すさまじい速弾きによる憂愁の調べが胸に突き刺さる。

マイク無しのアンコール、沖のソロはうれしかった。即興による心の旅路が生音で続く。ヨーロッパ大陸がアフリカ大陸に最も近づくアンダルシアの地。フラメンコの発祥は定かではないが、異文化が交錯した最果ての地で、置き去りにされた者、帰らざる者への別れの歌を人々はつないできたのではないか。真摯な即興が静かな夜にとどめを刺した。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

大江千里 さん- 今月の音遊人 

今月の音遊人

今月の音遊人:大江千里さん「バッハのインベンションには、ポップスやジャズに通じる要素もある気がするんです」

16823views

ジャック・ブルース

音楽ライターの眼

ジャック・ブルースのラジオ&TV出演時の6枚組アンソロジー・ボックスが発売

1079views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

23256views

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法 - Web音遊人

楽器のあれこれQ&A

金管楽器のパーツごとのお手入れ方法

15413views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

7118views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

8009views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

6637views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

9118views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

19315views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4262views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6003views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24994views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11081views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

8322views

音楽ライターの眼

連載38[ジャズ事始め]佐藤允彦が東欧で体験した大衆的ジャズとフリー・インプロヴァイズの曖昧な関係

1530views

打楽器の即興演奏を楽しむドラムサークルの普及に努める/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

オトノ仕事人

一期一会の音楽を生み出すガイド役/ドラムサークルファシリテーターの仕事(前編)

14898views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

10467views

楽器探訪 Anothertake

【モニター募集】37鍵ピアニカに30年ぶりの新モデルが登場!メロウな音色×おしゃれなデザインの「大人のピアニカ」

25592views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

20726views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8071views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

4521views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

5963views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24994views