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ピアノ+弦楽四重奏の新たなプロジェクトでニューアルバムをリリース/上原ひろみインタビュー

どんなときも聴く者にエネルギーを与えてくれるジャズピアニスト、上原ひろみ待望のニューアルバムは「上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット」での録音。といってもベース、ドラムス、トランペット、サクソフォンといった楽器とのクインテットではない。ピアノ+弦楽四重奏という編成での新たなプロジェクトである。
このクインテットは、ブルーノート東京でのライブ企画『SAVE LIVE MUSIC』シリーズの一環として、2020年から2021年にかけての年末年始に初披露された。そこで演奏した曲たちをあらためてスタジオ録音した本作。アルバムに込められたコロナ禍における上原の心境とチャレンジについて話を伺った。

コロナ禍における心境の変化を組曲に

「コロナ禍で私のツアー日程はすべてキャンセルになり、ブルーノート東京もアーティストが来日できずキャンセルが続いていました。そこで、私にできることがないかと思って提案したライブ企画が『SAVE LIVE MUSIC』です。2020年の8~9月に第1弾として16日間のソロ公演を行い、年末年始の第2弾ではソロとは違うフォーマットにしたいなと考えたとき、西江辰郎さんの顔がポンと浮かんだのです」

弦楽四重奏のメンバーは、新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターを務める西江(1stバイオリン)を中心に、同団のビルマン聡平(2ndバイオリン)らが名を連ねる。上原はこれまで2度にわたり同団との共演経験があり、そこでの出会いが今回の企画につながったのだという。

「オーケストラと共演するときはいつも転校生みたいな気分でした。人間関係ができあがっているクラスにいきなり入って、1日とか2日でなじまないといけないチャレンジ。けれど新日本フィルの皆さんはにこやかに迎えてくださって、とくに西江さんとは人間としての波長が合うというか、すごく気さくで話しやすかったんです。あらゆる音楽に対してオープンで、好奇心旺盛で、フットワークが軽い。彼となら面白いものが作れると思いました」
そう語る上原がクインテットのために書き下ろした新曲『シルヴァー・ライニング・スイート』には、コロナ禍における自身の心境がストレートに映し出されている。

「“シルヴァー・ライニング(silver lining)”というのは、灰色の雲の後ろから太陽の光が差して、銀色に輝く裏地のように見える様子を示す言葉で、“苦境のなかに差す一筋の光”といった意味で使います。コロナ禍のなかで自分の気持ちのアップダウンを曲にしていったら、4つのアイコニックなモチーフができたので、それをもとに組曲にしました。1曲目の『アイソレーション』は、それぞれが隔離されて、同じ時間軸で違うことを弾いている場面からはじまり、最後は同じリフが永遠にループされる上で私がソロをとることで、孤独な感じを表現しています。2曲目の『ジ・アンノウン』は、未知のものと闘って翻弄されている様子、3曲目の『ドリフターズ』は心の置き場をどこにしたらよいかわからなくて彷徨っている様子、そして4曲目の『フォーティチュード』は文字通り不屈の精神で、みんなで足並みを揃えて闘っていく様子を描きました」

弦楽四重奏のためのアレンジもすべて自身で

弦楽四重奏のためのアレンジもすべて自身で手がけたという上原。どのように作品を作り上げていったのだろうか?

「大学のときに弦の編曲を習ったのでやってみたところ、嬉しいことに、弦のマスターたちにとても褒めていただけました。ピアノで弾きながら編曲し、楽譜にしたものを皆さんにお渡しするのですが、クラシックの音楽家は楽譜から多くの情報を読み取ることに長けているので、私が必要最低限のことしか楽譜に書いていなくても、すべてを深読みしてきてくださるんです。彼らは楽譜通りの音を弾いてはいますが、そういう意味では、私のインプロヴィゼーションに合わせて、演奏のニュアンスでインプロヴィゼーションをしてくださっていると思います」

本作にはタイトル曲のほかにも、自身にインスピレーションを与えるミュージシャンのために1分間の曲を書き下ろし、そのミュージシャンとリモートで共演した映像を公開するSNS企画『One Minute Portrait』の曲も、弦楽四重奏との演奏で収録されている。

「『サムデイ』はベーシストのアヴィシャイ・コーエンと共演することを想定して書いた曲です。今回のアルバムではベースのかわりにチェロに大活躍してもらったのですが、ピッツィカート演奏をチェロの向井航さんは『気合です』と言ってこなしてくれました。『ジャンプスタート』は大好きなピアニストのステファノ・ボラーニとの曲。イタリア・ジャズ界の顔のような方で、ヨーロッパのフェスティバルに行くたびにお会いしていました。アヴィシャイもステファノも、これまで共演したことがなかったので新鮮でしたね」


Hiromi – Someday (Official Audio)

そしてアルバム最後の曲『リベラ・デル・ドゥエロ』は、2017年にデュオアルバムを出したジャズハープ奏者、エドマール・カスタネーダとの曲。アルバムではモンティ作曲『チャールダーシュ』のような雰囲気で疾走するバイオリンが楽しい。
「これは西江さんの腕の見せ所です。最後はどんどん速くしていって、どこまで速くなったら弾けなくなるのか試してみたのですが、どこまで速くなっても付いてきてくれるんですよ」

2021年11月からはじまるクインテットでのツアーでも、抜群のコンビネーションを聴かせてくれることだろう。


Hiromi – Ribera Del Duero (Official Audio)

■インフォメーション

アルバム『シルヴァー・ライニング・ スイート』

発売元:ユニバーサルミュージック
発売地:2021年9月7日
価格:いずれも税込
【初回限定盤SHM-CD2枚組】3,630円
【通常盤SHM-CD】2,860円
【高音質SA-CD〜SHM仕様~】4,400円
詳細はこちら


Hiromi The Piano Quintet – Silver Lining Suite (Album Trailer)

photo/ 武藤章

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