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シン・リジィのフィル・ライノットの人生を辿ったドキュメンタリー映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』が海外で公開

シン・リジィのリーダーだったフィル・ライノットの人生を辿った長編ドキュメンタリー映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』がヨーロッパで公開された。(2020年にアイルランドとスウェーデンで限定先行公開、2021年に拡大公開)

1970年にダブリンで結成、アイルランド出身のロック・バンドとしては初めて世界規模での成功を収めたのがシン・リジィだ。彼らはアイルランドの音楽の教科書にも載っているし、代表曲『ヤツらは町へ The Boys Are Back In Town』は1976年に発表されて以来、永遠のロック・アンセムとして世界中で愛されてきた。

1986年1月4日にフィルは亡くなってしまったが、彼の生み出した音楽は聴き継がれている。シン・リジィのアルバムは常にCDショップやオンラインショップの目立つコーナーにディスプレイされているし、2020年には新発掘音源満載のCD6枚組ボックス・セット『ロック・レジェンズ』も発売となった。2005年にはダブリンの目抜き通りであるグラフトン・ストリートの脇にフィルの銅像が建てられたし、この映画にもあるとおり、街のあちこちでフィルを描いたグラフィティを見かける。そして満を持して、初の劇場版映画が製作されたわけだ。

本作の監督はアイルランドの映像作家エマー・レイノルズだ。シン・リジィで好きなアルバムは『ナイトライフ』、好きな曲は『ダブリン』という彼女は、フィルの「ロック・スターの裏にある人間らしさ」を追求したと語っている。もちろん『ヤツらは町へ』『脱獄 Jailbreak』『ダンシング・イン・ザ・ムーンライト』など名曲の数々のライヴ・パフォーマンスがスクリーン狭しと繰り広げられるが、それと同時にフィルの生い立ちや人間性が掘り下げられている。

海外ではこれまで幾つもシン・リジィやフィルについてのTVドキュメンタリーが制作されてきたが、それらと較べて“後発”の本作は異なった作りだったりする。特にインタビューを受けている関係者の人選が異色だ。生前のフィルの談話は全編に散りばめられているが、2011年に亡くなった盟友ゲイリー・ムーア、2019年に亡くなった母親フィロミナ・ライノットの新規インタビューは収録されていない(生前の発言はあり)。意外なのはフィルの少年時代からの友人で、シン・リジィのドラマーとしてバンドの屋台骨を支えたブライアン・ダウニーがインタビューされていないこと。シン・リジィ関連のTVドキュメンタリーではいわば“レギュラー”だった彼らがいないのはちょっと寂しいものがある。

ただ、本作の出演陣は十分以上に豪華で、フィルについて知られざる事実を語っている。シン・リジィのメンバーだったエリック・ベル、スコット・ゴーハム、ダーレン・ウォートンはもちろんだし、一時期助っ人参加、ソロ・ヒット曲『イエロー・パール』を共作したミッジ・ユーアもかなりの時間をかけて語っている。ソロ・バンドで共演したジェローム・リムソンが“黒人としてのフィル”を語るのも貴重だ。

フィルの愛嬢サラとキャスリーン、叔父のピーターやいとこのモニカ、元妻のキャロライン、かつてのガールフレンドで『あの娘は北風 Look What The Wind Blew In』(1971)で歌われているゲイル・クレイドンなど、彼を知るファミリーも登場している。

この手のドキュメンタリーではアーティストの影響力を示すために、本人と直接接点のない有名人を連れてくることが少なくなく、本作でもメタリカのジェイムズ・ヘットフィールドがフィルがいかに凄いかを語っているが、それ以外はヒューイ・ルイスやU2のアダム・クレイトン、スージー・クアトロなど、実際に交流のあったミュージシャンの思い出話を聞くことが出来るのが嬉しい。

無敵のロック・スターであり繊細なソングライター、ユーモアあふれるアイリッシュマン、親と離れて育った孤独な少年。フィルの人生を丁寧に描くがゆえに、全112分のうち初代ギタリストのエリック・ベル脱退までで45分を費やしてしまっており、後半が駆け足になってしまうものの、家族のことや、シン・リジィがアメリカで成功出来なかった理由、ドラッグ問題、ソロ活動などがフォローされ、幾つもの新しい発見がある。“アイルランドの国民的ロック・ヒーロー”というフィルのイメージを覆す最後の発言は少なくないファンにとってショックかも知れないが、それもまたフィルの人間像を浮き彫りにしている。

映画全編でシン・リジィの楽曲が使われているが、ヒット曲をふんだんにフィーチュアしながらも、そのシーンを盛り上げる選曲が成されている。オープニングの『サムボディ・エルシズ・ドリーム』、少年時代を過ごした町を後にする『ダブリン』、そのダブリンへの想いを込めた『オールド・タウン』などが効果的に使われているし、ラストの『ディア・ハート』には落涙を禁じ得ない。音楽と映像がお互いを高め合う『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』はフィルへのありったけの敬意と愛情を込めた作品である。

本作の日本での劇場公開は現時点では予定されていないようだが、映像ソフトとしては近日発売予定という噂。フィル・ライノットの勇姿がスクリーンで甦る!

映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』予告

■インフォメーション

映画『Phil Lynott: Songs For While I’m Away』

2020年/アイルランド/エマー・レイノルズ監督
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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