Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#016 ジャズを大衆化させる戦略が功を奏した“置き土産”~マイルス・デイヴィス『リラクシン』編

ジャズの“名盤”と呼ばれるアルバムを取り上げて、解釈のアップデートをしていこうというこのシリーズ。

16回目にして3回目の登場となるマイルス・デイヴィスのアルバムです。

まぁ、20世紀のジャズの立役者として筆頭の位置にいるのは間違いない人物なので、3回目も当たり前、いやいや今後もこのシリーズに名を連ねること必至だと覚悟しておいてくださいね。

なにをどう覚悟するのかはさておき、今回のセレクションは、#009で取り上げた『クッキン』同様、“マイルスのマラソン・セッション”と呼ばれる伝説のレコーディングによって生まれた1枚なのです。

いや、決して“手抜き”をしているわけではありません。

同じような内容のアルバムなのにそれぞれが“名盤”とされていることも含めて、アプデしていきましょう。


リラクシン/マイルス・デイヴィス

アルバム概要

概要については#009に書いたとおり。

レコード会社との契約の都合上、マイルス・デイヴィスは4枚のアルバムを短期決戦で仕上げなければならなかったという背景がありました。

マイルス・デイヴィスにとって、大手レコード会社への移籍はビッグチャンス。その機会を逃さないためにも円満移籍の条件、すなわち4枚分のレコーディングをまっとうすることは当然なのですが、そのクオリティもまた、重要な査定対象だったはず。

つまり、お茶を濁したような内容の演奏でレコーディングをやっつけたのでは、新天地での評判や展開にもケチがついてしまい、せっかくのチャンスを台無しにしてしまいかねない、ということです。

“名盤”の理由

ということで、マイルス・デイヴィスは当初から、この4枚のいずれか、いや、すべてを、“名盤”と呼ばれても不思議のないクオリティに仕上げて世に送り出すつもりだったのだと、ボクは考えています。

収録は1956年5月11日と10月26日の2日間。ただし、前述のようにアルバム4枚分のレコーディングをこなさなければならなかったので、この2日間のスケジュールは『リラクシン』1枚のためのものではなかったことは押さえておきましょう。

メンバーは、トランペットのマイルス・デイヴィスをリーダーに、テナー・サックスのジョン・コルトレーン、ピアノのレッド・ガーランド、ベースのポール・チェンバース、ドラムスのフィリー・ジョー・ジョーンズによる5人編成。いわゆる“マイルスの第1期黄金クインテット”です。

収録された6曲の構成は、ミュージカル&レヴュー・ナンバーが3曲、スタンダードが1曲、ソニー・ロリンズとディジー・ガレスピーという盟友たちのオリジナルがそれぞれ1曲ずつ。

完全なポピュラー曲のカヴァー集でもなく、ゴリゴリのハード・バップなジャズを聴かせるだけでもないというバランスの良さが、マイルス・デイヴィスならではのセンスと言えるでしょう。

いま聴くべきポイント

レコード会社移籍の“置き土産”として制作された4枚のアルバムのなかでも、充実度が抜きん出ていると評価されてきたのが、この『リラクシン』でした。

なぜ、アルバムリリース(1958年)から65年を経ても評価が高いまま持続しているのでしょうか?

そのヒントは、アルバム収録曲の順序にあると思います。

CDの登場以降、ランダム再生が簡単にできるようになったため、リスナーは必ずしもフルアルバムの曲順どおりに聴く必要がなくなりました。

しかし、アナログ盤の時代、A面とB面の振り分けはもちろん、1曲目と2曲目以降という順番は、アルバムという“作品”全体のメッセージ性にも通じる重要な意味をもたされていました。

『リラクシン』では、もしマイルス・デイヴィスやプレスティッジ・レコードが「ハード・バップのジャズ・ブームに乗っかって売上が上がればいい」ぐらいに考えていたとしたら、この曲順ではなかったと思うのです。

ボクが想像するに、A面1曲目は人気のあったディジー・ガレスピーの『ウッディン・ユー』、次はクインテットの十八番とも言える『オレオ』で、あとはテンポを落としたポピュラーな選曲。つまり、ハード・バップ系のジャズを好む流行に敏感な層に訴求する構成にする、というのが、当時のマーケティング部長の賢明な判断だったんじゃないか──。

しかし、マイルス・デイヴィスがめざしていたのは、ジャズのマニアな層に訴求するだけのものではなく、もっと広く、音楽を理解する可能性のある層が振り向いてくれる内容のものだったはずなのです。

歌心あふれるポピュラーなナンバーをメインに据え、ジャズを聴きやすさと高度な音楽理論とのバランスがとれた一段上の芸術へ押し上げようという“野心”があったからこそ、『リラクシン』はノルマ消化の義務的な内容にならず、65年後のいまも輝きを失わずに“名盤”であり続けているのだ、と思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:亀田誠治さん「音楽は『人と人をつなぐ魔法』。いまこそ、その力が発揮されるべきだと思います」

10352views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

コルトレーンってビートルズ・ナンバーを演奏してなかったんだっけ?──再び

6239views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

5442views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2448views

脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】脱力系(?)リコーダーグループ栗コーダーカルテットがクラリネットの体験レッスンに挑戦!

12229views

オトノ仕事人

大好きな音楽を自由な発想で探求し、確かな技術を磨き続ける/ピアニストYouTuberの仕事

51336views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

15561views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

6614views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

22030views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブルを大切に奏でる皆が歌って踊れるハードロック!

6161views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6640views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12074views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9750views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13799views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase62)ラヴェル「クープランの墓」、18世紀フランス音楽への敬意、友人の思い出、伝統と革新の均衡

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase62)ラヴェル「クープランの墓」、18世紀フランス音楽への敬意、友人の思い出、伝統と革新の均衡

721views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

8785views

われら音遊人

われら音遊人:ママ友同士で結成し、はや30年!音楽の楽しさをわかちあう

6482views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25948views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

26881views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6640views

CLP-825WH

楽器のあれこれQ&A

はじめての電子ピアノを選ぶポイントや練習を続けるコツ

5049views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

8119views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35437views