今月の音遊人
今月の音遊人:曽根麻央さん 「音楽は、目に見えないからこそ、立体的なのだと思います」
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ピンク・フロイドの“幻”の音源・映像が相次いで発掘されて、話題を呼んでいる。
1967年にデビューしたピンク・フロイドはイギリスを代表するロック・グループのひとつとして君臨してきた。『狂気 The Dark Side Of The Moon』(1973)が全世界で4,500万枚という空前のセールスを記録したのを筆頭に、すべてのアルバムが時代を超えて聴き継がれてきた彼らだが、『対 The Division Bell』(1994)を最後にオリジナル新作アルバムは発表されていない。2014年には『永遠 The Endless River』が発表されたが、『対』のレコーディング・セッションからのアウトテイクに新録音源を加えた作品で、純然たるニュー・アルバムとは一線を画したものだった。
バンドの核だったロジャー・ウォーターズとデヴィッド・ギルモアはそれぞれソロ・アーティストとして活動、ニック・メイスンは初期ピンク・フロイドの曲をプレイするソーサーフル・オブ・シークレッツを結成したが、キーボード奏者のリチャード・ライトは2008年に死去。今後ピンク・フロイドとしての新作が発表される可能性は、ほぼゼロに近いだろう。
だが2021年8月、彼らのファンを驚喜させたのが、『原子心母』(箱根アフロディーテ50周年記念盤)の日本のみでのリリースだった。1970年のアルバム『原子心母』の7インチ紙ジャケット仕様CDに1971年8月6〜7日、“日本のウッドストック”を目指して開催された“箱根アフロディーテ”フェスでのライヴの模様を15分にわたって収録したブルーレイをカップリングした2枚組は、パンフレットやポスター、チケット、チラシなどを復刻して封入した豪華特典のおかげもあり、世界規模で争奪戦が繰り広げられた。
そして2021年12月、ファンをさらに驚かせたのが、Apple Musicなどの配信サブスクリプション・サービスで1971年を中心としたライヴ音源が12タイトル、何の前触れもなく突然公開されたことだった。時に他バンドの出所の怪しい音源が配信されることもあるが、今回はいずれもPink Floyd Music Ltd. under exclusive licence to Sony Music Entertainmentとクレジットされたオフィシャルなものだ。
観客が会場にテープ・レコーダーを持ち込んだとおぼしきライヴも多いが、おおむね音質は良好。1971年といえば『エコーズ』『太陽讃歌』『ユージン、斧に気をつけろ』『原子心母』『エンブリオ』などが演奏された時期で、彼らのインストゥルメンタル・グループとしての凄味を堪能することが出来る。
そんな中で異彩を放っているのが『Lyon 12 June 1971 / Tokyo 16 March 1972』の後半、1972年3月の東京公演を収録したパートだ(タイトルは誤りで、実際は3月6日、東京体育館のライヴ音源)。まだ発売前だった『狂気』をフル演奏、かなりアレンジが異なっており、聴くたびに新しい発見がある。この音源は1972年当時、会場で盗み録りしたテープが関東圏のFMでオンエアされたものが使用されている。DJが「どこの国で行われた、何というグループのコンサートなんでしょうねえ」としらばっくれているが、大らかな時代だったとはいえ、かなり危ない橋を渡っていたのではなかろうか。放送マスターに遡るのではなく、ブートレグ(海賊盤)をソースにしているようで、音質も“それなり”ではあるものの、貴重音源をオフィシャルな形で、容易に聴くことが出来るようになったのは嬉しい限りだ。
ところで何故この時期にそれらの音源が公開されたかというと、著作権の保護期間が終了してパブリック・ドメイン(公有)になってしまうのを避けるためだと推測される。近年では音源の著作権はかつての50年から70年に延長されたが、それが該当するのは“制作されてから50年以内に発表された”音源のみ。よってピンク・フロイドの1971年の音源は2021年内にオフィシャルに発表しておく必要があったわけだ。ちなみにボブ・ディランやザ・ビートルズも初期の未発表音源のパブリック・ドメイン化を避けるため、50年の節目に公式リリースしている。
要注意なのは、それらが“公式リリースされた”という既成事実を作るために発表されるため、いつ配信サービスから引っ込められてもおかしくないということだ。ピンク・フロイドのライヴ音源は2022年1月末の時点で聴くことが出来るが、ある日すべてが消えてしまうかも知れない。彼らのファンは今のうちにデジタル・ダウンロード音源を買っておくか、ストリーミングでしっかり耳に焼き付けておくべきだろう。
今後も彼らの未発表トラックが公式リリースされていくかも気になるところだ。『アニマルズ』(1977)収録曲の原型となった『レイヴィング・アンド・ドゥルーリング』『ユーヴ・ゴット・ト・ビー・クレイジー』は『炎〜あなたがここにいてほしい』のデラックス・エディション(2011)に1974年11月、ウェンブリー公演のライヴ・テイクが収録されたが、他のテイクもぜひ公にして欲しい。さらに他アーティストもぜひ、積極的に未発表音源の公開に踏み切ってもらいたい!
なお2022年2月18日には、1994年ツアーのロンドン公演を捉えた映像作品『驚異 PULSE』のリストア(修復)&リエディット(再編集)ヴァージョンも初Blu-ray発売される。
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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