Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#002 カリブの風を21世紀にも届けてくれる普遍的コンセプト~『サキソフォン・コロッサス』編

すべての子音に母音が付いている日本語では、単語の音節が多くなると言いやすく&覚えやすくするために、音節を省略する傾向が顕著です。

一般的に4拍のリズム=××××(割前勘定をワリカン、就職活動をシュウカツ、リストラクチャリングをリストラなど)に収まるように短縮・省略されることは、ポピュラリティと比例関係にあると考えることができます。

前回の『ワルツ・フォー・デビイ』は(ジャズの“名盤”のトップを飾ったにもかかわらず)残念ながら省略して表現されることの少ないタイトルなのですが、2番手の『サキソフォン・コロッサス』は、ジャズ・ファンのあいだで“サキコロ”と呼ばれる“名盤”です。

そして、「え?“サキコロ”も知らないの?」などと、いわゆる“ジャズ沼の踏み絵”的な場面で使われることが多い“名盤”でもあります。

さて、アナタは“サキコロ”、知ってましたか?

『セント・トーマス』/ソニー・ロリンズのアルバム『サキソフォン・コロッサス』より。


参考動画:サキソフォン・コロッサス/ソニー・ロリンズ

アルバム概要

1956年にリリースされたスタジオ録音版。テナー・サックス+ピアノ・トリオのクァルテット演奏による5曲を収録しています。

リーダーのソニー・ロリンズは、1930年に米ニューヨークで生まれたサックス奏者。高校時代から、ジャッキー・マクリーン(アルト・サックス)やケニー・ドリュー(ピアノ)といった、後にビッグネームとなる友人たちとバンドを組んで活動するようになり、レコーディング・デビューは1949年。

1950年代前半は、モダン・ジャズと呼ばれるハード・バップ系サウンドの立役者として活躍しますが、1954年に活動を中断して音楽界から姿を消します。

1955年、クリフォード・ブラウン(トランペット)とマックス・ローチ(ドラムス)のダブル・リーダー・バンドのメンバーとして復帰し、再びジャズ・シーンの最前線へ戻ってきた時期に収録されたのが、本作となります。

“名盤”の理由

復帰前のソニー・ロリンズは、マイルス・デイヴィスが“ビバップの始祖”である「チャーリー・パーカーに比肩する」と評するような、圧倒的な技量とパワフルな表現力をもったプレイヤーでした。

じつはアナログ盤の時代の“お遊び”のひとつだったのですが、ソニー・ロリンズの33回転のLPを45回転にして再生すると、サックスのキー(調性)が変化して聞こえるため、音色もフレーズもチャーリー・パーカーそっくりに聞こえたりしたことで、マイルス・デイヴィスの言葉の正しさをボクたちも確認できたりもしていたのです。

ソニー・ロリンズ自身は、こうした優位性をメリットとは感じていなかったようで、チャーリー・パーカーのアプローチや音色とは異なる“自分らしいサウンド”を表現するにはどうすればいいのかに悩んでいたために活動を中断、音楽界から姿を消したのだと言われています。

復帰後のソニー・ロリンズは、独自の世界観を表現できるようになり、“ジャズを演奏するプレイヤー”から“自分を表現することがジャズになるプレイヤー”へとヴァージョンアップすることになりました。

その象徴とも言える本作では、特に収録曲『セント・トーマス』が高く評価されています。

この曲はソニー・ロリンズのオリジナルで、カリプソというスタイルをアレンジの手法として用いています。

カリプソとは、南北アメリカ大陸の中央に位置するカリブ海周辺諸国において、20世紀に入って発生した音楽スタイル。主にカーニヴァルで用いられ、4分の2拍子で明るい曲調という特徴があります。

ソニー・ロリンズの母親はカリブ海に浮かぶ米領ヴァージン諸島出身で、彼が幼いころに母親の歌う子守歌に親しんでいたことがきっかけで自分のアイデンティティのひとつとしてのカリブ海に興味をもち、カリプソに出逢って自作に取り込んだ──という経緯だったようです。

1950年代は、同じカリブ海にあるプエルトリコ自治連邦区からアメリカへの移民がピークに達した時期でもあり、その中心地であったニューヨークでは、移民が持ち込んだラテン音楽=サルサが大ブームを巻き起こしていました。

こうした背景も、ソニー・ロリンズに自身のルーツとカリプソという音楽へ目を向かせるきっかけとなっていたのでしょう。

そしておそらくサルサ・ブームに同調するかたちで『セント・トーマス』も大注目となり、彼の代表曲のひとつとなった──というのが、現時点で当時を振り返っての『サキソフォン・コロッサス』の評価になります。

いま聴くべきポイント

ソニー・ロリンズは92歳で“現役”ながら、定期的に行なっていた日本公演も高齢を理由に2010年の“80歳記念ツアー”を最後に途絶えています。

ボクがソニー・ロリンズの来日公演を観るようになったのは1980年代に入ってからでしたが、それでも『セント・トーマス』はほぼ毎回のようにセットリストを飾る、ファンにとってはもちろん、ソニー・ロリンズにとっても欠かすことのできない“アイデンティティの具象”だったのだと思います。

ただ、『セント・トーマス』の意義は、前述のサルサ・ブームとジャズとの関係性を裏付ける証拠という歴史的な部分の比重が増し、音楽的な意味でのインパクトは薄れてきたと言わざるをえません。

とはいえ、シンプルなフレーズの反復をジャズのインプロヴィゼーションによって変化させていくというコンセプトなどは、1960年代に出現するミニマル・ミュージックの先駆けと言ってもよく、こうして再評価の要素が次々と見つけられることも、“名盤”を“名盤”たらしめる所以なのです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

Web音遊人_上原ひろみ

今月の音遊人

今月の音遊人:上原ひろみさん「初めてスイングを聴いたときは、音と一緒に心も躍るような感覚でした」

25636views

音楽ライターの眼

ロビン・トロワーとマキシ・プリーストが合体。スタイルを超えたアルバム『United State Of Mind』を発表

2189views

ピアニカ

楽器探訪 Anothertake

ピアニカで音楽好きの子どもを育てる

13769views

楽器のあれこれQ&A

ピアノ講師がアドバイス!練習の悩みを解決して、上達しよう

3767views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

11066views

テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

オトノ仕事人

【サインCDプレゼント】テレビや映画の映像を音楽の力で何倍にも輝かせ、人の心を揺さぶる/劇伴作家の仕事

14850views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

13586views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2678views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9738views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

7903views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

7856views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9523views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

7444views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14328views

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

音楽ライターの眼

穏やかに話すギター、救いを感じるチェロ。心ほぐれる空間に浸る/伊藤ゴローとジャキス・モレレンバウムのジョイントコンサート

4995views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

11255views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

4782views

楽器探訪 Anothertake

改めて考える エレクトーンってどんな楽器?

128370views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

13561views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は、いつ買うのが正解なのだろうか?

7887views

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぼう電子ピアノ「クラビノーバ」3シリーズ

2438views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

8292views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24638views