Web音遊人(みゅーじん)

ブラック・サバス

ブラック・サバスのトニー・マーティン期作品を収録したボックスが発売

ブラック・サバスの1989年から1995年、トニー・マーティン在籍期の4枚のアルバムを収録した4CD/4LPボックス・セット『Anno Domini 1989-1995』が2024年5月、海外でリリースされる。

急遽オーディションで射止めたヴォーカルの座

1970年にデビュー・アルバム『黒い安息日』を発表、ヘヴィ・メタルの礎を築いたオジー・オズボーン期、元レインボーの実力派シンガーを迎えたロニー・ジェイムズ・ディオ期、イアン・ギランやグレン・ヒューズといったトップ・シンガーが歌った作品と較べて評価がワンランク下がってしまうこの時期のブラック・サバスだが、いずれも傑作揃いだ。

今回のボックスに収録されるのは『ヘッドレス・クロス』(1989)『ティール』(1990)『クロス・パーパシズ』(1994)『フォービドゥン』(1995)という4作のアルバム。さらにシングルB面曲、日本盤ボーナス曲など3曲が追加されている。

半世紀を超える歴史で、ブラック・サバスは数々の波乱と遭遇してきた。それはトニー・マーティン期(以下マーティン)においても同様だ。1987年初め、オリジナル・メンバーはギタリストのトニー・アイオミ1人となりながら、アルバム『エターナル・アイドル』を完成させた彼らだったが、当時シンガーだったレイ・ギランが突如脱退(その後ブルー・マーダー〜バッドランズへ)。急遽ヴォーカルを差し替えるべくオーディションを行い、その座を射止めたのがマーティンだった。それまでレジェンド、アライアンス、トブルクに在籍、ヴァンデンバーグのシンガー候補になったこともある彼だが、ほぼ無名の存在。だが発売された『エターナル・アイドル』での彼のヴォーカルは伸びやかでパワフルな、ブラック・サバスの金看板を背負うに相応しいものだった。

ただ、その旅路は順風満帆ではなかった。1987年7月から8月にかけて南アフリカの人種差別政策の象徴であるリゾート施設“サン・シティ”で公演を行ったことで、大バッシングを受けたのだ。その後のツアーは観客動員が思わしくなく、公演中止も生じるなど、バンドは少なくない打撃を被ることになった。

そんな状況を打破するべく、彼らは1988年、ドラマーにコージー・パウエルを迎える。ジェフ・ベック、レインボー、マイケル・シェンカー、ホワイトスネイクなどとの活動で知られるドラム・ヒーローである彼が加わったことで、アルバム『ヘッドレス・クロス』(1989)は彼を共同プロデューサーとしてクレジット、1曲目『ヘッドレス・クロス』も轟くドラム・ビートから始まるなど、コージー大フィーチュア大会となった。1989年10月のジャパン・ツアーには川崎クラブチッタ公演も含まれ「ブラック・サバスwithコージーのクラブ・ギグ!」という最初で最後の奇跡のステージも実現している。

続く『ティール』(1990)では北欧神話や聖地エルサレムなどを描いた壮大なスケールの世界観を伴う音楽性で、新時代のブラック・サバス像を提示することになった。

一時は廃盤状態が続き、配信でも聴けなかったタイトル

マーティンと新たな黄金時代を築くかと思われたブラック・サバスだが、ロニー・ジェイムズ・ディオの復帰が実現。『ディヒューマナイザー』(1992)をリリース、ツアーに出ている。ただ、この再合体はうまく行かず、ロニーは脱退。前々から復帰を打診されていたマーティンがバンドに戻ることになった。

『クロス・パーパシズ』『フォービドゥン』は共に貫禄すら窺える優れた作品であり、後者はコミック風ジャケットや『ジ・イリュージョン・オブ・パワー』でのアイスTのラップなどがオールド・ファンをギョッとさせたが、それすらも包み込む懐の深さを見せている。1994年3月、1995年11月に行われた日本公演も大成功といえる内容だった。

1996年、バンドは活動休止、トニー・アイオミはソロ・アルバムの制作に入る。だが、マーティンがバンドに戻ることはなかった。1997年、アイオミとオジーが歴史的再合体。グランジ・ブームによる初期ブラック・サバス再評価がきっかけとなり、オリジナル・ラインアップが復活することになったのだ。

それからバンドとマーティンが相まみえることはなく、この時期の作品はほとんど顧みられることがなかった。『Anno Domini 1989-1995』は遅れてきたファンにマーティン期のブラック・サバスの魅力を伝える、質・量共に重量級のボックスである。

ただ惜しむらくは、マーティン期のすべてが網羅されているわけではない。まず第1弾の『エターナル・アイドル』がないのは残念。今回収録されるのは“I.R.S.レコーズ”からリリースされた4作で、“ヴァーティゴ”から出た同作は洩れてしまっている。現在では別個にデラックス・エディションが発売されている『エターナル・アイドル』だが、ひとつのパッケージで聴きたかった。

もうひとつ、ライヴ・アルバム/映像作品『クロス・パーパシズ・ライヴ1994』も収録されていない。1994年4月13日、ロンドンの“ハマースミス・アポロ”でのライヴを収めた同作は新しめの曲に加え、往年のサバス・クラシックスがマーティンの熱唱で生まれ変わっているのが新鮮だが、当時“I.R.S.”からリリースされたものの、権利が移動してしまったのか、ボックスには収録されていない。

とはいえ、一時は廃盤状態が続き、配信でも聴くことが出来なかったタイトルを容易に聴くことが出来るようになるのは嬉しい限りだ。いずれの作品もリマスタリングされ、『フォービドゥン』にはリミックスが施されている。半世紀を超えるブラック・サバス伝説をひもとくには欠かすことが出来ない『Anno Domini 1989-1995』、ぜひ押さえておきたい。

■アルバム『Anno Domini 1989–1995』

発売元:RHINO
発売日:2024年5月

詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

facebook

twitter

特集

古澤巌さん

今月の音遊人

今月の音遊人:古澤巌さん「ジャンルを問わず、父が聴かせてくれた音楽が今僕の血肉になっています」

16844views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#012 1960年代のジャズ乱世を予見した“短調の名作”~ケニー・ドーハム『静かなるケニー』編

1712views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュで斬新なデザイン。思わず吹いてみたくなるカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」の誕生

10630views

楽器のあれこれQ&A

講師がアドバイス!フルート初心者が知っておきたい5つのポイント

19355views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

11658views

オトノ仕事人

コンピュータを駆使して、ステージのサウンドをデザインする/ライブマニピュレーターの仕事

6099views

サントリーホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

クラシック音楽の殿堂として憧れのホールであり続ける/サントリーホール 大ホール

22901views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5614views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22910views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

9812views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5019views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30896views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11079views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

31419views

ジャズとロックの関係性

音楽ライターの眼

ジャズ・ギターとビートルズの出逢い~なぜ『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』まで出逢えなかったのか?

3168views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

11687views

ギグリーマン

われら音遊人

われら音遊人:誰もが聴いたことがあるヒット曲でライブに来たすべての人を笑顔に

2372views

reface シリーズ

楽器探訪 Anothertake

ひざの上に乗せてその場で音が出せる!新感覚のシンセサイザー「reface」シリーズ

13746views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

14872views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8628views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

26105views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3300views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26124views