Web音遊人(みゅーじん)

連載21[ジャズ事始め]空前のジャズ・ブームの陰で“新しい発見”を求める同志が出逢っていた

穐吉敏子が、当時の日本のジャズ・シーンとは別の道を模索するため、アメリカへ旅立つ前の1953年(昭和28年)。

彼女が新たに作ったバンド、コージー・クァルテット(第2次)にひとりの若いサックス奏者が加わった。まだ20歳になったばかり。高校卒業後に栃木・宇都宮から親に2年という猶予をもらって上京し、東京や横浜の外国人向け社交場や箱根のホテルなどへの出演でメキメキと頭角を現していたのがその人、渡辺貞夫だ。

「渡辺貞夫は、私の知る限りでは、日本で最初のチャーリー・パーカー系統のプレイヤーで、音はどちらかというとジャッキー・マクリーンに近かった。素晴らしいテナー・サックス奏者、ジェイムス・ムーディが『アイム・イン・ザ・ムード・フォー・ラヴ』という流行歌を使った『ムーディズ・ムード・フォー・ラヴ』という演奏があったが、それをそっくりそのまま演奏していた。そのようなプレイヤーは当時、彼一人だったように思う」(引用:穐吉敏子『ジャズと生きる』岩波新書)

ところで、コージー・クァルテットの“cozy”とは「和気あいあい」を意味する。このころの穐吉はそれまで夢中で練習に励んでいたスウィング・スタイルから、輸入され始めたビバップ・スタイルへと興味が移り、「毎日毎日ダンスのための演奏をするのが嫌になってきていた」(引用:前掲書)という心境だったようだ。

自分が興味をもったスタイルのプレイを披露できる場はほとんどなく、強行すればクビになるという繰り返し。渡辺貞夫も同様で、こうした“志はあるが不遇な演奏家”にとっての“居心地の良いバンド”を作りたいという穐吉の想いが吐露されたネーミングだったのではないだろうか。

渡辺貞夫側から見たコージー・クァルテットは、「(その演奏スタイルは)ビ・バップから抜け出たものであり、マイルス・デヴィス九重奏団による『クールの誕生』やMJQの一連の演奏に注目し、グループ・サウンドの重要性をしきりに説いてい」て、「入ったときは夢中で、毎日が新しい経験の連続だった。毎日毎日、自分が進歩していくのがわかるという感じで、日々新しい発見があり、勉強することも山ほどあった」(引用:渡辺貞夫『ぼく自身のためのジャズ』徳間文庫)と、共感していたことが伝わる文章でその印象を綴っている。

ちょうどこの時期、日本では“空前の”と形容されるようなジャズ・ブームが巻き起こっていたのだけれど、前述のようにブームのそれとは異なるスタイルに傾頭していた穐吉敏子や渡辺貞夫にスポットライトが当てられるわけではなかった。

そのことが本稿のテーマに深く関係していそうなので、次回からそのあたりを掘り下げてみたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

沖仁さん

今月の音遊人

今月の音遊人:沖仁さん「憧れのスターに告白!その姿を少年時代の自分に見せてあげたい」

11350views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#020 個性と“ヒットの法則”を両立させたトリオ・ジャズの傑作~レイ・ブライアント『レイ・ブライアント・トリオ』編

913views

楽器探訪 Anothertake

空間を包み込む豊かな響き「フリューゲルホルン」

5606views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

27491views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

11861views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

7118views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

18372views

こどもと楽しむMusicナビ

親子で参加!“アートで話そう”をテーマにしたオーケストラコンサート&ワークショップ/第16回 子どもたちと芸術家の出あう街

5651views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

20206views

練馬だいこんず

われら音遊人

われら音遊人:好きな音楽を通じて人のためになることをしたい

6150views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

4834views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26193views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15702views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22995views

サマーソニック2017のパンクな楽しみ方 - Web音遊人

音楽ライターの眼

サマーソニック2017のパンクな楽しみ方

5742views

鬼久保美帆

オトノ仕事人

音楽番組の方向性や出演者を決定し、全体の指揮を執る総合責任者/音楽番組プロデューサーの仕事

2729views

われら音遊人:クラノワ・カルーク・ オーケストラ

われら音遊人

われら音遊人:同一楽器でハーモニーを奏でる クラリネット合奏団

8442views

サイレントブラス

楽器探訪 Anothertake

“練習”の枠を超え人とつながる楽しさを「サイレントブラス」

4692views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

14872views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4750views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!トランペットをうまく鳴らすコツと練習方法

126174views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7093views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10431views