Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#004 東西の人気者たちが合体して誕生したモダンジャズの傑作~『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』編

ボクが最初に“リヴィング・レジェンド(Living Legend)”という言葉を知ったのは、アート・ペッパーに対して使われたときだったと思います。

1977年に51歳で初来日したアート・ペッパーを、日本のジャズ・ファンはこの言葉を冠して熱狂的に迎えました。

ビバップの本流(メインストリーム)を生み出した第一世代がほとんど逝去してしまった1970年代後半に、その残り香を失わずに伝えてくれるプレイスタイルに対して払われた敬意と驚き、そして歓びが込められた言葉でした。

1950年代に米西海岸のジャズ・シーンを代表するプレイヤーとして人気を博しながら、麻薬禍で活動をたびたび停止したにもかかわらず復帰を果たしたという彼のアナザーストーリーもまた、日本人の琴線に触れるものだったのでしょう。

本作は、アート・ペッパーをして“リヴィング・レジェンド”と呼ばしめる理由のひとつとなった、1957年制作のアルバムです。

アルバム概要

1925年に米カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のガーデナで生まれたアート・ペッパーは、20代前半だった1940年代後半から、スタン・ケントン楽団やベニー・カーター楽団といったトップクラスのバンドでアルト・サックスのソロイストとして活躍していました。これは、技量もさることながら、甘いマスクの二枚目だったことが大いに影響していたようです。

1950年代に入ると独立して自己バンドを結成し、人気がさらに増していくのですが、同時に、当時のミュージシャンの多くと同じように麻薬への依存度も増してしまいます。

麻薬禍による最初の収監のあと、アート・ペッパーは精力的にアルバムを制作するようになり、1950年代後半の一連の作品が、“モダンジャズ”と呼ばれるジャズの形式美を反映したものとして高い評価を得ることになりました。

『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』はそのなかの1枚なのですが、タイトルにもあるようにこのアルバムの特徴は“ザ・リズム・セクション”にあります。

“名盤”の理由

スウィングからビバップへとジャズのスタイルがシフトチェンジしていく1940年代、ジャズの2大拠点となっていたニューヨークと(ハリウッドを擁する)ロサンゼルスでは、アプローチに違いが出ていました。

片やニューヨークでは、アドリブを競うことを前面に押し出そうとしたため、それが際立つ小編成のバンドが主流とされます。片やロサンゼルスでは、アレンジによる差別化を効果的に表現するため、ビッグバンドが主流とされるようになったのです。

アート・ペッパーの活動拠点となったロサンゼルス=ウエストコーストではビッグバンドが主流とされ、実際に彼が注目されたのも前述のとおりスタン・ケントン楽団やベニー・カーター楽団といったビッグバンドでした。

しかし、そこでソロイストとして活躍したということは、個人技にも優れていたことを意味します。

個人技を際立たせるメソッドに長けていたのはニューヨーク=イーストコーストのジャズ。そのイーストコーストで随一の人気を誇っていたのがマイルス・デイヴィス・クインテット。

本作に参加しているリズム・セクションは、そのマイルス・デイヴィス・クインテットの面々なのです。

つまり、当時のアメリカを代表する東西のジャズのトップ・プレイヤーたちが集合し、そのプレイスタイルを掛け合わせて生まれた、1950年代ならではのジャズのスタイル=モダンジャズの象徴的なアルバムである──というのが、本作を“名盤”たらしめる所以なのです。

いま聴くべきポイント

このアルバムの特徴が“ザ・リズム・セクション”にある──というのは、“ザ”を付けてまでこのリズム・セクションの存在をフィーチャーしていることからもうかがえます。

そもそもリズム・セクションとは、ポピュラー・ミュージックの大編成バンドにおいてリズムを担当する、ドラムス、ベース、ピアノ、ギターなどを指す用語です。

1920年代から30年代にかけてアメリカのポピュラー・ミュージック・シーンを席巻したスウィングでは、その編成は主にアンサンブルを担当するホーン・セクションと、リズムを担当するリズム・セクションに大別されることが一般的でした。

ジャズの主流がビバップに移行すると、ビバップのメソッドをアンサンブルに取り入れようとしたビッグバンドに対して、ソロイストとリズム・セクションを組み合わせた小編成バンドが派生し、ウエストコースト・ジャズとイーストコースト・ジャズとして発展することになったというわけです。

この『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、外形的には、イーストコースト・ジャズの“ソロイストとリズム・セクションの組み合わせ”という、音楽的ハプニングを期待した“企画もの”です。しかし、ウエストコースト・ジャズで育ったアート・ペッパーのアンサンブルに対するフィーリングと、そのウエストコースト・ジャズに多大な影響を与えたクール・ジャズの生みの親であるマイルス・デイヴィスのサウンドを支える“ザ・リズム・セクション”との邂逅という、ある意味で当時のジャズに不足していた要素を補い合うことを狙った、“名盤”になるべくしてなった作品であると言えるのです。

ジャズはアドリブが命→アドリブは偶然の産物、のように言われることがよくあるようですが、そんな“運頼み”だけで“20世紀最高の表現芸術”と呼ばれるような演奏が記録されることは考えにくいでしょう。

『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』は、ジャズの優位性とされるコード進行やアンサンブルなどの構築性を十分に理解したトップ・ミュージシャンたちだからこそ生み出し得た“名盤”であり、その意味で半世紀以上を過ぎたいまでも、それぞれの楽器の役割など“ジャズのイロハ”を体感するために最適な“教科書”であり続けているということです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:挾間美帆さん「私は音で遊ぶ人のために作品を作っているのかもしれません」

8345views

音楽ライターの眼

「ショパン国際ピアノコンクールの父」と称される創設者、イェジ・ジュラブレフ

1822views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

3421views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

45117views

おとなの楽器練習記:岩崎洵奈

おとなの楽器練習記

【動画公開中】将来を嘱望される実力派ピアニスト、岩崎洵奈がアルトサクソフォンに初挑戦!

10796views

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

オトノ仕事人

音楽文化のひとつとしてレコーディングを守りたい/レコーディングエンジニアの仕事(後編)

5585views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

12098views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

7952views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

20847views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

9960views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

6110views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

8771views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

15990views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

22345views

ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

音楽ライターの眼

変幻自在の表現力、至福のアンサンブル/ウィグモア・ソロイスツ・コンサート

471views

一瀬忍

オトノ仕事人

ピアノとピアニストの絆を築く、アーティストリレーションの仕事

2585views

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人:ずっと続けられることがいちばん!“アツく、楽しい”吹奏楽団

9477views

reface

楽器探訪 Anothertake

個性が異なる4機種の特徴、その楽しみ方とは?

6798views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

13032views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

4146views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

22169views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6122views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

27597views