今月の音遊人
今月の音遊人:菅野祐悟さん「音楽は、自分が美しいと思うものを作り上げるために必要なもの」
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映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』がいざなう謎と混乱の旅
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2023.1.18
tagged: 音楽ライターの眼, デヴィッド・ボウイ, デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム
『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』はデヴィッド・ボウイという“宇宙”を旅する映画作品だ。
ブレット・モーゲン監督による本作は、いわゆるドキュメンタリー映画ではない。時系列順にボウイの人生が語られるわけではないし、2016年に69歳で地球を去った彼を知る著名ロック・スター達がその音楽性や人柄を語るわけでもない。『ムーンエイジ・デイドリーム』はボウイ自身の発言とその音楽・映像からその人間像を掘り下げようとする試みである。
1970年代のジギー・スターダストやシン・ホワイト・デュークの時代、1980年代の『レッツ・ダンス』期、1990年代のインダストリアルやドラムン・ベースへの接近、遺作となった『ブラックスター』までが、モーゲンの解釈に則った配置で星屑のように散りばめられている。ボウイが歌詞を書くときにウィリアム・S・バロウズばりのカットアップ手法を使っていたことはよく知られているが、モーゲンは本作においてそれを踏襲、さまざまなテーマやイメージの断片を繋げることでひとつの世界観を創り出しているようだ。
本作の軸を成すのは、生前のボウイが行ってきた数々のインタビューからの談話だ。音楽やアート、セクシュアリティ、社会からの疎外感、両親や兄との関係、その人生哲学などが雄弁に、時にユーモアを交えながら語られる。いつの発言かは不明だが「自分の家は持たないようにしている。引っ越せなくなるから」というのは、常に変化を遂げてきた彼の音楽観と共通するポリシーだろう。
初期からテレビや映画などのヴィジュアル・メディアを活動拠点のひとつとしてきたボウイゆえ、さまざまな映像を楽しむことが出来るのも本作の魅力だ。1973年、ジギー・スターダスト最後のライヴでのジェフ・ベックとの共演、1985年の“ライヴ・エイド”、数々のミュージック・ビデオから1970年代後半のベルリン滞在、1980~1981年に出演した演劇『エレファント・マン』のフッテージ、1983年のアジア・ツアーの模様を撮影した映画『ザ・プライベート・フィルム・オブ・デヴィッド・ボウイ リコシェ』(1984)からのシーンも使われていて目を奪われる。
ボウイが親日家だったことは有名だが、日本と関わりのある映像も多い。宝焼酎“純”のTVCM(1980)、映画『戦場のメリークリスマス』(1983)、来日時の記者会見、さらにTV番組『ヤングおー!おー!』出演時のフッテージも見ることが出来るのが嬉しい。
それに加えて『2001年宇宙の旅』のスターゲイトを彷彿とさせる色彩美の大海原、『メトロポリス』『フリークス』『アンダルシアの犬』『吸血鬼ノスフェラトゥ』『月世界旅行』『愛のコリーダ』などの古典映画からのシーンも挿入され2時間15分、息をつく間もない。
そしてもちろん本作の“主役”はボウイの音楽そのものである。『イアン・フィッシュ、UKエア』に『スペース・オディティ』『ライフ・オン・マーズ』を挿入したスペシャル・ミックスからペット・ショップ・ボーイズとコラボレーションした『ハロー・スペースボーイ』へと雪崩れ込むオープニング、『スターマン』で締め括るエンディングまで、全編ボウイのナンバーが使われている。『フェイム』『チャイナ・ガール』のようなヒット曲をあっさりスルーしてでも『シグネット・コミティー』『ワルシャワ』そして彼の“最後の名曲”とも呼ばれる『ラザルス』をフィーチュアしているあたり、モーゲンのこだわりを感じさせる。
なお本作のサウンドトラック・アルバムも発売されているが、映画に使われた別ミックス/別テイク/ライヴ/インタビューなどがCD2枚組に詰め込まれており、たっぷり聴き応えがある。
ボウイについての映画だから彼の音楽が使われているのは当たり前!……と考える人もいるかも知れないが、実はそうではないのが難しいところ。『ベルベット・ゴールドマイン』(1998)には明らかにボウイをモデルにした人物が登場するが、楽曲の使用許諾が下りなかったし、『スターダスト』(2021)に至っては若き日のボウイを俳優が演じるバイオピックにも拘わらず楽曲を使うことはNGだったりする。
俳優としてのボウイは“シリアス”な役柄だけでなく『ラビリンス 魔王の迷宮』(1986)のもっこり魔王ジャレスや『ズーランダー』(2001)の花道ウォークオフ対決の審判(“ズボンを脱がずにパンツを脱ぐ”など)、『プレステージ』(2006)のニコラ・テスラなど一風変わった役にも気軽にチャレンジしていたが、楽曲使用に関しては生前・没後共にハードルが高いようだ。
ザ・ローリング・ストーンズを題材にした『クロスファイア・ハリケーン』(2012)で「そしてロン・ウッドが加入しました。おわり」と話を途中でブン投げたり、ニルヴァーナのカート・コベインに焦点を当てた『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』(2015)もカートの友人だったメルヴィンズのバズ・オズボーンから「90%がデタラメ。カートの発言が事実でないと知っていながら、映画を盛り上げるために、事実であるかのように描写した」と糾弾されるなど、賛否のあるモーゲンのロック映画だが、『ムーンエイジ・デイドリーム』はいわゆるドキュメンタリーではないものの、デヴィッド・ボウイ財団から公式認定を受けるのも納得のクオリティを誇っている。
まったくボウイの音楽を知らない人がこの映画を見ても、そのアーティスト像の全貌を知ることが出来ず、混乱するかも知れない。だが実はそれが彼の本質を突いているのだ。ボウイは我々にとって“謎”であり続け、その音楽は常に聴く者を混乱させる。映画館でボウイという“宇宙”を旅しよう。
2023年3月24日(金)IMAX®️ / Dolby Atmos®️ 同時公開
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山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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