Web音遊人(みゅーじん)

Deviation Street: High Times In Ladbroke Grove 1967 - 1975

ノッティングヒルの恋人もビックリ。オムニバス『Deviation Street』で歩む英国アンダーグラウンド音楽の“逸脱した道のり”

ロンドン西部のノッティングヒル地区は世界中からあらゆる国籍・あらゆる世代の人々が集まる地域だ。高級ブティックなどが建ち並ぶウェストボーン・グローヴはウインドーショッピングするだけでも楽しいし、地下鉄ノッティングヒル・ゲート駅から北上していくポートベロ・ロードで開かれるストリート・マーケットはロンドン屈指の人気スポットとなっている。古着やアンティークなどの宝探しで歩き疲れたら、通りのパブでビールを一杯、フィッシュ&チップスをおつまみにしてもいい。映画『ノッティングヒルの恋人』(1999)が大ヒットしたこともあり、自分もジュリア・ロバーツとヒュー・グラントみたいな恋をしたい!と日本から訪れた人もいるだろう。

そのポートベロ・ロードから数十メートル離れて、ほぼ並行して南北に延びていくのがラドブルック・グローヴだ。近年ではポートベロの喧噪から一歩距離を置いて愛されるこの地域だが、かつては英国カウンターカルチャーの中心として発展を遂げてきた。

事の発端は第二次世界大戦後、イギリスが戦後復興で労働力を必要としたため、旧植民地からの移民を受け入れたこと。カリブ系、特にジャマイカから多くの移民が流入、当時は家賃が安かったラドブルック・グローヴでひとつのコミュニティを形成することになる。なお彼らが持ち込んだレゲエなどの音楽はここから世界へと拡がっていった。さらに1960年代にはヒッピーやボヘミアン、アナーキストなど自由なライフスタイルを志向する白人層も居住するようになる。そうして生まれた新しい文化圏はサイケデリアやフォーク、ハード・ロックなども取り込みながら、新しい音楽を育むことになった。

そんなラドブルック・グローヴの音楽シーンをCD3枚組に集約したアンソロジーが、2023年2月に海外で発売となる『Deviation Street: High Times In Ladbroke Grove 1967-1975』である。

ホークウィンド

まったく統一性がないようで、“ノッティングヒルらしさ”が貫かれている全58曲。ヘヴィなリフとシンセが飛び交う“宇宙的”なサウンドでスペース・ロックの覇者となったホークウィンド、ラヴ&ピースをぶっ飛ばす破壊的サイケ・ハードで人気を博したピンク・フェアリーズなどシーンを代表したバンドとその派生グループ(ロバート・カルヴァートやミック・ファレン、ホークウィンドのレミーが結成したモーターヘッドなど)を筆頭に、一筋縄では行かないアーティストの楽曲が続く。

サード・イヤー・バンド

サイケ・プログレッシヴ・ハードの古典ハイ・タイド、“地獄の炎の王”アーサー・ブラウンがよりシアトリカルな方向性を求めて結成したキングダム・カム、ロックに異端宗教や中世音楽を取り入れたサード・イヤー・バンド、実験音楽的シンガー・ソングライターのG.F.フィッツジェラルド、インド風味プログレッシヴ・ロックのクインテッセンス、南米ガイアナ出身のアーティストがブルースでロンドンを巡るラム・ジョン・ホルダー、イギリス初のオール黒人ロック・バンドのノワールなど、きわめて限定された地域、しかも1967年から1975年という短い期間にこれだけ多彩な音楽が生み出されたことには驚きを禁じ得ない。

アーサー・ブラウン/キングダム・カム

なおラドブルック・グローヴから巣立っていったアーティスト達の原点も本作で知ることが出来る。ロキシー・ミュージックの『2HB』デモ・ヴァージョンは後のアルバム『ロキシー・ミュージック』(1972)のテイクより長い7分半の実験的な、実に“ノッティングヒル的”なアレンジだ。またザ・クラッシュの前身バンドといえるザ・101’ersの『サイレント・テレフォン』も収録。ザ・クラッシュは『白い暴動』で1976年のノッティングヒル・カーニバル暴動を題材にしたり、バンドのドキュメンタリー映像作品を近所の幹線道路から『ウェストウェイ・トゥ・ザ・ワールド』と名付けるなど、しばしば言及してきた。

余談ながらモーターヘッドのレミーはセックス・ピストルズのシド・ヴィシャスにベースを教えたり、ザ・ダムドと共演するなど、1970年代の英国パンク・ロックと深く関わっていたが、“同郷”のザ・クラッシュとはあまり縁がなかった。彼は筆者(山崎)とのインタビューでこう語っている。

「ザ・クラッシュは当時からあまり好きじゃなかった。ジョー・ストラマーはザ・101’ers時代の方が良かったよ」

クインテッセンス

地元の音楽シーンを活性化させてきたのはアーティスト達のみならず、レコード店もそうだった。ノッティングヒル・ゲート地下鉄駅からすぐ近くに1967年にオープンした“レコード&テープ・エクスチェンジ”は現在も“ミュージック&ビデオ・エクスチェンジ”として営業を続けている。また1976年にこの地でオープンした“ラフ・トレード”はインディーズの情報発信地として成長、一時は東京にも出店していた。そんな一方で同一建物内で独立した2店舗として営業、ソウルやR&Bからポスト・パンクまでコアな品揃えでうならせた“マイナス・ゼロ”と“スタンド・アウト”や、ジャンルを超えて店主に厳選されたセレクト・ショップ的な“イントクシカ!”など名物ショップは店舗を閉じてしまった。

半世紀前、夢を糧に生きる若いミュージシャン達が群雄割拠してきたノッティングヒルの音楽シーンの熱さを伝えるのが『Deviation Street』だ。全48ページのブックレットには詳細な解説文とレア写真が満載。ノッティングヒルの恋人もビックリのアンダーグラウンド音楽の“逸脱した道のり”を、このアルバムは提示してくれる。

■アルバム『Deviation Street: High Times In Ladbroke Grove 1967-1975』

発売元:Cherry Red Records
発売日:2023年2月24日
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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