Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#006 音楽でケンカをすることもまたジャズの進化には欠かせなかった~マイルス・デイヴィス『バグス・グルーヴ』編

おぼろげですけれど、幼稚園のころにお遊戯会かなんかで、鉄琴を弾いた(叩いた?)記憶が残っています。

おそらくフルスペックの鉄琴ではなく、オモチャの、鍵盤が1オクターブぐらいしかないような楽器だったはずですが、その音色は印象的だったので、長じてもその楽器を意識し続けていたのかもしれません。

鉄琴ことヴィブラフォンは、ジャズではわりにメジャーで、多くの有名演奏家を世に送り出しています。本作はそれを証明する象徴的な作品と言っていいでしょう。

と、こんな話から始めたのは、アルバム・タイトルにある“バグス”が、本作参加のヴィブラフォン奏者、ミルト・ジャクソンの愛称だったから。


参考動画:Bags’ Groove(RVG Remaster (Take 2))

アルバム概要

本作は、もともと10インチLP盤2枚に分けてリリースしたものを合体させて、12インチLP盤としてパッケージされたもので、それが現在“オリジナル”と呼ばれているものになります。

10インチLP盤とは、直径10インチ(約25cm)のアナログ・レコードのこと。再生回転数にもよりますが、片面で10分から13分ほどの収録時間となるメディアです。そうそう、アナログ盤というのは、表裏の両方に音源を記録できるんです、念のため。

2枚を1枚に収めたのは、1950年代というオーディオ発展の過渡期には珍しくないパターンで、10インチ盤よりも12インチ盤が売れるようになったため、既出の音源でもいいから12インチ盤の規格に合った収録時間に仕立ててパッケージしちゃえというレコード会社の判断があったのだろうと思います。12インチ盤の片面15〜20分(つまり1枚=両面で30〜40分)がCDの登場で約70分に延びたときも、12インチ盤2枚のカップリングCDというのがよくリリースされてましたっけ。

そんな寄せ集めのようなアルバムが、なぜモダン・ジャズを象徴する名盤に数えられたのか──。

ひとつは、当時としては新進気鋭ながら、1960年代以降のジャズを象徴することになる演奏家が参加した“オールスター・セッション”だったから。

なにしろ、モダン・ジャズ・クァルテット(=MJQ)のメンバーだったミルト・ジャクソンとパーシー・ヒースとケニー・クラークに、ザ・ジャズ・メッセンジャーズを立ち上げた張本人であるホレス・シルバー、ビバップのオリジネーターであるセロニアス・モンク、そしてマイルス・デイヴィスとともに1950年代のハード・バップ・ジャズを切り拓いたソニー・ロリンズ──という顔合わせの飛び切りの演奏が1枚で聴けちゃうという、豪華賞品を詰め合わせた福袋のようなお買い得商品だったわけです。

“名盤”の理由

もちろん、本作がお買い得だったからという理由だけで“名盤”になったわけではありません。

ただちょっと、外連味(けれんみ)があったことは否めないのですが……。

というのも、ケンカ・セッションという“いわく”が付いたことによって、俄然、注目度が高まったアルバムでもあったからです。

その“ケンカ”があったのは、1954年12月24日のこと。

アメリカのエンタテインメント業界は12月後半になるとクリスマス休暇でお客さんが少なくなるため、その暇な時期にスタジオでアルバム制作をして稼ぐ、というのがこのころの売れっ子のパターンでした。

もちろん、ここに名を連ねる面々はそのパターンの最たるもので、MJQは直前までレコーディングを行ない、本作の収録はそのあと、夜中近くから始まったと伝えられています。

マイルス・デイヴィスのセッションでは、MJQからジョン・ルイスを除いた3人が選ばれ、その代わりにセロニアス・モンクがほろ酔い状態で加わって、おそらく4曲(本作収録の『バグス・グルーヴ』と、『ザ・マン・アイ・ラヴ』『スウィング・スプリング』『ベムシャ・スウィング』)を何テイクか録る、という段取りだったようです。

そこで最初の曲(おそらく『ザ・マン・アイ・ラヴ』のファースト・テイク)が始まってまもなく、セッションのリーダーだったマイルス・デイヴィスがセロニアス・モンクに「きょうのセッションでは、俺がソロを取っているときにピアノで伴奏を付けないでほしい」と注文を出しました。

セロニアス・モンクは1917年生まれ、マイルス・デイヴィスは1926年生まれです。

キャリアでも一目置くべき先輩ミュージシャンに対してこの発言。周囲は凍りついたとのこと。

とまぁ、なぜこんな見てきたような話になっているのかと言えば、その『ザ・マン・アイ・ラヴ』のファースト・テイクが残っていて、なにやらマイルス・デイヴィスの声が聞こえるのと、そのあとの演奏ではマイルス・デイヴィスのバックでピアノがまったく聞こえなくなっているからなのです。

実際に『ザ・マン・アイ・ラヴ』のファースト・テイクは、別のアルバム(『マイルス・デイヴィス・アンド・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』)に収録されており、確かに不穏な言い争いらしき音声が入っていて、演奏が中断、その後は演奏が再開しています。

いま聴くべきポイント

なんだか、スキャンダラスな要素が本作を“名盤”に仕立てた──みたいになってしまいましたが、さにあらず。

“ケンカ”と言われているこのマイルス・デイヴィスとセロニアス・モンクのやりとり、現在では“和音に対するアプローチの違い”という解釈が一般的になっています。

つまり、決まったコード進行のなかで演奏を完成させようとするハード・バップのセオリーから脱却しようとしていたマイルス・デイヴィスと、和音の概念を拡張することでジャズらしいサウンドを探そうとしていたセロニアス・モンクではコンセプトが異なっていたために、「きょうのところは先輩、俺に仕切らせてくれよ」とマイルス・デイヴィスが言い出し、セロニアス・モンクが「それじゃあ、俺は邪魔にならないようにするからやってみな」となったのではないか、と……。

ジャズは“会話”の音楽と言われ、こうしたコンセプトの違いも実際に音として残っていれば、どんな“会話”が交わされたのかを検証できるわけですが、残念ながら“ケンカ状態の演奏”は商品価値がないとして残されないことも多いようです。

たまたま当夜のセッションは、注目度の高い演奏家がそろっていたこともあり、後々までNGにすべきテイクを含めて残されることになりました。

そして、“ケンカ”と呼ばれるような意見のぶつかり合いがあったことを示すテイクが残っていることで、ハード・バップがモード・ジャズ以降という次のジャズ・ムーヴメントへと変化する瞬間を確信しながら、後世のボクたちも追体験できるわけです。

また、“同じ1954年に収録された2つの10インチ盤をカップリングするかたちで1枚にしたアルバム”だったことは、偶然の産物だったのかもしれませんが、その2枚のあいだにジャズの歴史を変える大きな地殻変動が起き始めていたことを考えれば、そんな希有なタイミングをジャストでとらえ、比較・検証に値し、演奏内容としても申し分のない1枚だからこその“名盤”でもある、ということです。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

facebook

twitter

特集

辻󠄀井伸行

今月の音遊人

今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」

4988views

Z EXPRESS BIG BAND - Web音遊人

音楽ライターの眼

スタンダードジャズから吹奏楽ナンバーまで、20人の凄腕たちが魅せた熱いステージ/Z EXPRESS BIG BAND

11642views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25942views

楽器のあれこれQ&A

モチベーションがアップ!ピアノを楽しく効率的に練習するコツ

44055views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

13434views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

11923views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

10585views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

4322views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

17048views

武豊吹奏楽団

われら音遊人

われら音遊人: 地域の人たちの喜ぶ顔を見るために苦しいときも前に進み続ける

2973views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

6779views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35425views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

17242views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37800views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase44)プロコフィエフ「戦争ソナタ」、上野優子の全曲シリーズ、アウシュビッツ解放80年は「第8番」

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase44)プロコフィエフ「戦争ソナタ」、上野優子の全曲シリーズ、アウシュビッツ解放80年は「第8番」

1778views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

8770views

われら音遊人

われら音遊人:路上イベントで演奏を楽しみ地域活性にも貢献

4640views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

4043views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

16630views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

6629views

ギター

楽器のあれこれQ&A

ギター初心者のお悩みをズバリ解決!

2103views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7510views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12066views