Web音遊人(みゅーじん)

連載32[ジャズ事始め]渡辺貞夫ら先輩たちから受けた“愛のムチ”と佐藤允彦の決意まで

1966年、渡辺貞夫と入れ替わるように、バークリー音楽大学留学のためにアメリカへ飛び立ったのが、ピアニスト/作・編曲家の佐藤允彦だ。

1941年東京生まれの佐藤は、「ずっとピアノをやっていた」ような家庭環境だったが、高校生になるころに父親の事業の影響で経済的な不安を抱えるようになったと、その著書『すっかり丸くおなりになって…』(1997年、メーザー・ハウス刊)に記している。

そんなとき、息子の将来を案じた母親がこう言ったそうだ。

「お父さんこの先どうなるかわからないから、あなたもいざというときに困らないように自活できる道を考えておきなさい。ずっとピアノやってきたんだからなにかそれを生かすことができないかしら……そうだわ、ジャズっていうのがあったじゃない?アメリカに行ける人がいるくらいですもの、日本でも仕事があるわよ」
「そんなこと言ったって、どうすればジャズができるようになるんだよ?」
「そうねぇ。それが問題ね」
(引用:同上)

ちなみに、“アメリカに行ける人”というのは、そのころバークリー音楽大学に留学した穐吉敏子のことである。

そのときたまたま紹介されたのが、飯田龍夫という人物。飯田龍夫は飯田ジャズスクールを立ち上げた、戦後日本のジャズ教育のパイオニアだ。このあとすぐに、佐藤允彦はジャズと“恋仲”になるから、“縁は異なもの”というべきか。

16歳の佐藤は、飯田から貸してもらったジャズのアルバム(フランキー・カールのピアノソロによるSP盤でA面とB面それぞれに1曲ずつ収録)を1週間で採譜して弾いてみせた。「ふーむ、君は私が特に教えなくてもひとりでやっていける。あとは実地を見学して経験を積むことだね」(引用:同前)と言って、“ジャズの現場”へ送り出してくれたという。

こうして“手に職”ならぬ“指に職”を付けた早熟の高校生は、1年ちょっとで日本のトップ・ジャズ・グループ、ジョージ川口とビッグ4+1に加入して活躍するようになっていた。

1960年3月、慶應義塾高等学校の卒業式当日も昼から渋谷、夜は有楽町でライヴ出演があった彼は、総代の役目を友人に“肩代わり”してもらったというエピソードを明かしている(『一拍遅れの一番乗り』2002年、スパイス・カムパニー・リミテッド刊)。

「さて、今日曲がりなりにもこの世界の一隅で生きていられるのも、あの時期があったればこそと感謝しているのは、十八歳でジョージ川口とビッグ4+1にスカウトされた時である。そのときの二人のサックス奏者、宮沢昭、渡辺貞夫両先輩の鍛え方はかなりのものでありました。それを“しごき”とも“いびり”とも思わなかったのは、お二人の温かさが充分に感じられたからだろう」(『いつもライヴは気分よく』1989年、音楽之友社刊)

ジャズの有名曲を覚えていることはもちろん、それをどんな調でも弾ける対応力が必要であることを、最前線で闘っていた先輩たちは教えようとしていたことがうかがえる。

そして、その教えを瞬く間に吸収してしまう才能を、先輩たちは頼もしく思いながら、より厳しく育てようとしたのかもしれない。

母親の見込みどおり、成人を待たずに日本ジャズ・シーンの最前線へと躍り出た佐藤允彦だったが、彼はそれで満足しなかったようだ。

そして、日本の先輩たちの“実践的な”教えとは異なる、自分にとってのジャズを考えるためにアメリカへと向かうことになった。

次回は、彼の書き残している文章から、彼が直面した“ジャズの現実”を拾っていきたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人 小沼ようすけ

今月の音遊人

今月の音遊人:小沼ようすけさん「本気で挑まなければ音楽の快感と至福は得られない」

24055views

音楽ライターの眼

弛まぬ進化を続ける、3人のAKIRAによるスーパーサウンド/AKIRA’S Special Live Vol.5

4455views

長く使い続けてもらえる電子ドラムを目指して──電子ドラム「DTX6K5-MUPS」

楽器探訪 Anothertake

長く使い続けてもらえる電子ドラムを目指して──電子ドラム「DTX6K5-MUPS」

1283views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

28199views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

5631views

NHKのど自慢

オトノ仕事人

歌とともにその土地の風土と新鮮な人間ドラマを伝える「NHKのど自慢」/長寿の歌番組をつくる仕事

3523views

しらかわホール

ホール自慢を聞きましょう

豊潤な響きと贅沢な空間が多くの人を魅了する/三井住友海上しらかわホール

16365views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

11227views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

16837views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

5488views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

大人の音楽レッスン、わたし、これでも10年つづけています!

7942views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11819views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

9044views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

11643views

反田恭平 - Web音遊人

音楽ライターの眼

ユニークな個性が演奏に反映し、聴き手の心をわしづかみにする反田恭平のピアニズム

12769views

宮崎秀生

オトノ仕事人

ホールや劇場をそれぞれの目的にあった、よりよい音響空間にする専門家/音響コンサルタントの仕事

4764views

われら音遊人 リコーダー・アンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:お茶を楽しむ主婦仲間が 音楽を愛するリコーダー仲間に

9234views

楽器探訪 Anothertake

人気トランペッターのエリック・ミヤシロがヤマハとタッグを組んだ、トランペットのシグネチャーモデル「YTR-8330EM」

7460views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

17261views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7517views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2287views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

11227views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11819views