Web音遊人(みゅーじん)

ポール・ギルバート

ポール・ギルバート『ザ・ディオ・アルバム』/ギターで奏でる“ディオ=神”への敬意と愛情、そして畏怖

ポール・ギルバートのニュー・アルバム『ザ・ディオ・アルバム』が2023年4月、全世界同時発売となる。

1985年にレーサーXでプロ・デビュー、Mr. BIGの一員として1991年に発表したシングル『トゥ・ビー・ウィズ・ユー』が全米チャート1位を記録。さらに世界最高峰のテクニカル・ロック・ギタリストの1人として崇拝されるポールは40年近く第一線で活躍、近年ではソロ・アーティストとして絶大な支持を得てきた。

2023年、Mr. BIGの復活と日本を含むツアーが発表されるなど、常に世界のロック・ファンをヒートアップさせる話題を提供し続ける彼だが、『ザ・ディオ・アルバム』はその中でも最大級のインパクトを伴う一撃だろう。

このアルバムはロニー・ジェイムズ・ディオ(1942-2010)が歌ったハード・ロック・クラシックスの数々にポールが新しい生命を吹き込むものだ。

ロニーはニューヨーク出身のバンド、エルフで活動しているところをディープ・パープルのリッチー・ブラックモアに見出され、1975年にレインボーのシンガーとしてハード・ロックの世界に本格参入。1979年にはブラック・サバスに加入してバンドに新しい世界観をもたらしている。1983年には自ら率いるディオを結成、3度目の絶頂期を迎えている。その伸びやかなシャウトは無数のフォロワーを生みながら、決して追従を許さなかった。また、ハード・ロック/ヘヴィ・メタルにおける異世界の王侯貴族や魔法使い、天使や悪魔などのファンタジックなヴィジョンを確立させたのもロニーだといわれる。さらに彼は1985年にエチオピア飢餓救済のためのチャリティ・プロジェクト“ヒア’n エイド”を始動させ、オールスター・シングル『スターズ』の収益を寄付するなど、メタル界の“顔役”としても知られた。2010年に彼は癌で亡くなったが、その音楽は聴き継がれ、彼の姿を3Dホログラムで再現したヴァーチャル・ライヴが行われたり、2022年にはドキュメンタリー映画『DIO: Dreamers Never Die』が海外で公開されるなど、“ディオ=神”の名に相応しく神格化されている(彼の出生名はロナルド・パダヴォナだが、誰もが彼をロニー・ジェイムズ・ディオとして知っており、彼が眠る墓石にもそう刻まれている)。

ポールは十代の頃からロニーの音楽のファンであり、「聴くたびにゾクゾクして鳥肌が立った」と語っている。ソロ・キャリアでは自らヴォーカルを取ることも多い彼だが、さすがにロニーの声域を歌いこなすのは難しい。そこで彼が取った手法が“ヴォーカル・ソングをインストゥルメンタルとしてプレイする”というものだった。『幸福なるシジフォス〜ストーン・プッシング・アップヒル・マン』(2014)、『ビホールド・エレクトリック・ギター』(2019)、『ウェアウルヴズ・オブ・ポートランド』『トゥワズ』(2021)など近作で彼はヴォーカル・メロディを書き、時に歌詞までを書きながら、それをギター・インストゥルメンタルに生まれ変わらせていたのだ。ポールは筆者(山崎)とのインタビューで「高音域のシャウトは出来なくても、ギターだったら同じ音域を出せる。新しい声帯を持っているようなものだよ」と説明していたが、同様の方法論でロニーのヴォーカルのメロディと歌い回し、歌詞に込めたエモーションまでをギターに“翻訳”している。

また、『ザ・ディオ・アルバム』はロニーが参加してきたバンドの音楽へのギター・サイドからのトリビュートでもある。レインボーのリッチー・ブラックモア、ブラック・サバスのトニー・アイオミ、ディオのヴィヴィアン・キャンベルという3人の凄腕ギタリストのプレイをポール流に解釈したのが本作なのだ。レインボーの『銀嶺の覇者』『ロング・リヴ・ロックンロール』、サバスの『ネオンの騎士』『ヘヴン・アンド・ヘル』、ディオの『スタンド・アップ・アンド・シャウト』『ホーリー・ダイヴァー』など、オリジナルを尊重しながら自らのギター・スタイルをふんだんに盛り込んでおり、超高速ソロも随所で聴くことが可能だ。

また、ベースもポールが自ら弾いており、レインボーのクレイグ・グルーバー、サバスのギーザー・バトラー、レインボー/ディオのジミー・ベインへのリスペクトを込めた丁寧なプレイが魅力的だ。

もちろん安直に有名曲の表面をなぞるのではなく、オリジナルへの深い敬意と愛情、そして畏怖が感じられる。『キル・ザ・キング』がスタジオ・ヴァージョンでなくライヴ・ヴァージョンを下敷きにしているのは納得だし、日本盤CDボーナス・トラックがロジャー・グローヴァー企画のコンセプト・アルバム&アニメ映画『バタフライ・ボール』から『ラヴ・イズ・オール』というのもファン心をくすぐる。

ポール・ギルバートという優れたミュージシャンが偉大なる先達の音楽に正面から真摯に向き合い、独自の表現手法で昇華させたのが『ザ・ディオ・アルバム』だ。Mr. BIGの復活ライヴはもちろん楽しみすぎるが、その後にでもポールの“ザ・ディオ・ツアー”を実現させ、アルバム収録ナンバーはもちろん、収録されなかった『スターゲイザー』『悪魔の掟』『ウィ・ロック』などの名曲もライヴで披露して欲しい!

アルバム『ザ・ディオ・アルバム』

アルバム『ザ・ディオ・アルバム』

発売元:ソニーミュージック
発売日:2023年4月7日
価格:2,640円(税込)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

今月の音遊人:H ZETT Mさん

今月の音遊人

今月の音遊人:H ZETT Mさん「音楽は目に見えないですが、その存在感たるやすごいなと思います」

30615views

ジャズとデュオの新たな関係性を考える

音楽ライターの眼

ジャズとデュオの新たな関係性を考えるvol.10

4584views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

6202views

楽器のあれこれQ&A

いつも清潔にしておきたい!ピアニカのお手入れ、お掃除方法

309069views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

15496views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

15138views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8636views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

10866views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10171views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

7965views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

4651views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10135views

大人の楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:バイオリニスト岡部磨知がエレキギターを体験レッスン

19566views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

14923views

音楽ライターの眼

連載24[ジャズ事始め]1950年代中頃に穐吉敏子を失望させた日本のジャズ・シーンの風潮とはなんだったのか?

4588views

誰でも自由に叩けて、皆と一緒に楽しめるのがドラムサークルの良さ/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

オトノ仕事人

リズムに乗せ人々を笑顔に導く/ドラムサークルファシリテーターの仕事(後編)

6956views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

7190views

CLP-600シリーズ

楽器探訪 Anothertake

強弱も連打も思いのままに、グランドピアノに迫る弾き心地の電子ピアノ クラビノーバ「CLP-600シリーズ」

44742views

人が集まり発信する交流の場として、地域活性化の原動力に/いわき芸術文化交流館アリオス

ホール自慢を聞きましょう

おでかけ?たんけん?ホール独自のプランで人々の厚い信頼を獲得/いわき芸術文化交流館アリオス

7813views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8500views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

4957views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6838views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25393views