今月の音遊人
今月の音遊人:渡辺香津美さん「ギターに対しては、いつも新鮮な気持ちでいたい 」
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アーティストに寄り添い、ともに楽器の開発やカスタマイズを行うスペシャリスト/金管楽器マイスターの仕事
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2024.3.26
開発者や職人が常駐し、アーティストたちと密接なコミュニケーションを図りながら楽器製作を進める“アトリエ”は、ヤマハにとって重要な拠点だ。ハンブルクのヤマハアトリエで長年、金管楽器の研究開発やアーティストが使用する楽器のカスタマイズに携わってきた、金管楽器マイスターであるトーマス・ルービッツさんに、スペシャリストを生み出すドイツ特有のマイスター制度やこれまでの仕事について聞いた。
ドイツにおけるマイスターとは、単に名匠や職人、専門家を指す言葉ではない。世界でも稀な、国家資格としてのマイスター制度を設けているのがドイツ。マイスターとして認められるのは一定の技術や知識を持ち、国家試験に合格したスペシャリストのみであり、この制度は改正を重ねつつもおよそ700年にわたって続いてきた。対象業種は左官、大工、電気技術者からパンや製菓職人などさまざま。楽器では金管楽器、木管楽器、オルガン、ピアノ、ギター、バイオリンの6つのカテゴリーがある。
「マイスターの試験を受けるには、まず国家資格であるゲゼレ(職人のプロ)の資格を取得しなければなりません。一般的なシステムとしては3年間、自身の目指す職人の道に即した会社で働きながら定期的に職業学校に通い、最後に卒業試験を受けます。金管楽器の場合は主にリペアの勉強をし、試験ではパーツをつくります」
ゲゼレを取得した後も、マイスターの国家試験を受けるにはさらに数年間の実務経験を積む必要がある。もちろん、試験ははるかにハイレベルなものになる。
「金管楽器マイスターの試験では、ゼロから完璧な楽器をつくらなければなりません。自分で構造を考え、計算をして図面を描き、新しいデザインを考える。トランペットやトロンボーンはシンプルな楽器なので、むしろフレンチホルンやユーフォニアム、ドイツ式バリトンなど技術を必要とする楽器の製作が求められました」
こうした実技以外にも音響学、法律や経理、安全管理など広範囲を網羅する試験もクリアしなければならなかった。現在では規制が緩和されたが、トーマスさんが取得した当時は、マイスターの資格なしには自ら会社や店を経営することができなかったからだ。
10歳のときに始めたトランペット。それが、金管楽器との最初の出会いだった。不具合が生じたトランペットを楽器店に持って行ったとき、工房内をみせてくれたという。
「自分の楽器がたちまちに修理されていくのを見て、これこそが、私がやりたいことだと思いました。店の人が学校を卒業したらうちにおいでと誘ってくれて、実際にゲゼレ時代にはその楽器店で働いていました」
ゲゼレを取得した後はいくつかの会社で働き、リペアに関しては指導的立場に上り詰める。しかし、興味は次第に楽器をつくることへと移っていった。そこで、トランペットやウイーン式ホルンのメーカーに入職し、金管楽器マイスターの資格を取得した。さらに、高名な金管楽器メーカーに転職し、チューバの開発に携わった。
「それまでも楽器をつくっていましたが、音楽家のために新しい楽器もつくることになり、アーティストとの関わりが生まれました。音程や吹奏感など彼らの意見を聴きながら開発する。それは、とてもやりがいのある仕事でした」
時同じくして、ヤマハのフランクフルト(当時)のアトリエで職人を募集しており、転職を決めた。
「音楽家と一緒に何かやっていくことに目覚めたときだったので、開発の仕事に専念できるヤマハに就職しました。ヤマハはドイツだけではなく、他のヨーロッパの国々ともコネクションがあり、自分の技術を使って他国の音楽家に貢献するのが楽しかったですね」
そのヤマハのアトリエで、トーマスさんは演奏家たちの大きな信頼を得ていく。チューバの巨匠ロジャー・ボボのためにスペシャル・チューバをつくったり、アーティストとの連携を深めながら開発したカスタムモデルXenoシリーズや、世界的に活躍するブラスバンド奏者やソリストに協力を仰いで開発したヤマハのNeoシリーズなどを手がけたりしてきた。
「Neoシリーズは、大きなプロジェクトで印象に残っている仕事のひとつです。コルネット、アルトホルン、バリトン、ユーフォニアム、チューバ……ラインアップのすべての開発に携わりました。当時のドイツは木管楽器も使用するシンフォニックバンドが一般的で、金管バンドはイギリス特有。Neoシリーズはもともと金管バンドのためにイギリスの音楽家たちと一緒につくったものでしたが、ノルウェーやスイス、ベルギー、オランダにも広がっていき、彼らはオーケストラでも使用できる普遍的な楽器だと評価してくれました」
ヨーロッパとひとくちに言っても、楽器は国、地域ごとに独自の発展を遂げてきた歴史がある。たとえば、トランペット。ドイツでは弦楽器やほかの管楽器と響き合うロータリー式だが、ほかのヨーロッパ諸国では華やかで音がダイレクトに飛ぶピストン式が主流だ。ホールや演奏形態、さらには指揮者によって求められる音は異なり、開発にも大きく影響する。
「XenoシリーズのカスタムバストロンボーンYBL-835を開発したときのことです。前モデルYBL-830はアメリカンスタイルで、ストレートでフォーカスされた音がひとつの方向に向かう楽器でした。ヨーロッパの人は、トロンボーンはほかの楽器と溶け合うものという考えです。そして、音楽家たちからは自由な吹奏感と使いやすさも求められました。そこで最初にやったのは、バルブの内径を広げること。そして細部を見直し、新たなハンドレストを開発するなどして楽器を保持するシステム、サウンド、吹奏感を変えました。結果的に、音楽家の需要に添った楽器ができたと思います。開発で面白い点は、たとえばバルブキャップなど小さな部品を変えるだけで、音に大きな影響を与えるポイントがあるということ。それは、どの楽器でも同じです」
求められる音がある限り、自分は全身全霊で仕事をするだけ。それは、金管楽器マイスターとしての矜持だろう。
少年時代からマイスターへの道を歩みはじめ、ヤマハに属して30年以上。トーマスさんの目にヤマハはどう映っているのだろう。
「音楽家たちがヤマハを支持するいちばんの理由は、音程、音のクオリティです。そして、どの個体においても一定の品質が期待できる確実性です。また、モデルのバリエーションをたくさんつくることで違いを表現できる点にヤマハのユニークな位置づけがあります。音の質を保ちつつも、様々な面白みのある響きをつくれる可能性があると思っています」
トーマスさんが仕事をする上で大切にしていることを尋ねると「技術的な質」という明快な答えが返って来た。
「私が楽器をつくる。演奏家がコンサートでパフォーマンスする。自分がつくったもので音楽家がまったく違ったものを生み出すことに、この仕事のすばらしさと喜びを感じています」
時空を超え、受け継がれる情熱 — Xenoシリーズトランペット開発ストーリー
Q.子どものころになりたかった職業は?
A.シンフォニックバンドや吹奏楽でトランペットを吹いていましたし、その前はリコーダーを吹いていました。物心ついたころから音楽家という職業には関心がありましたね。
Q.もし、この職業に就いていなかったら?
A.木工や家具の職人かもしれません。ずっと金管楽器に携わっていますが、子どものころには木工に携わる機会もありました。そのころから、手工業的なものに対する強い憧れがありました。
Q.休日の過ごし方を教えてください。
A.いまは庭仕事ですね。南ドイツに住んでいたときにはロッククライミングが趣味でしたが、ハンブルクには山がないので残念ながらできません。サイクリングも好きで、マウンテンバイクでアルプスをドイツからオーストリア、スイス、イタリアまで7日間でヒルクライミングしたこともあります。チームでトライアスロンに出たこともあるんですよ。
Q.好きな音楽のジャンルは?
A.クラシックが好きですね。なかでもバロックに惹かれますが、ワーグナーなどのシンフォニーも好きです。最近は忙しくてコンサートになかなか足を運べていないのですが、ロンドン交響楽団がハンブルクに来たときに、リハーサルを観ることができて幸運でした。
文/ 福田素子
photo/ 坂本ようこ(1枚目、2枚目、5枚目)
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