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今月の音遊人:村松崇継さん「音・音楽は親友、そしてピアノは人生をともに歩む相棒なのかもしれません」
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パワー・トリップ、全曲がハイパーテンションの塊の『ライヴ・イン・シアトル』をCD/LPで発表
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2023.6.19
tagged: 音楽ライターの眼, パワー・トリップ, Power Trip
パワー・トリップがメタル界の盟主たりえた世界線があった。
2008年、テキサス州ダラスで結成。エクストリームな音楽性はスラッシュ・メタルやハードコアをバックグラウンドとしながら、怒濤のアグレッションと斬れ味鋭いエッジが新時代の息吹を感じさせた。デビュー作『マニフェスト・デシメイション』(2013)が高評価を得た彼らだが、本格的に“化けた”のがセカンド・アルバム『ナイトメア・ロジック』(2017)だった。殺傷力を増したリフとすべてを粉砕するビート、パンチの効いたサウンドで攻め込む同作は、33分という短時間に凝縮されたアグレッションゆえに“21世紀のスレイヤー『レイン・イン・ブラッド』”とも評され、メタル系メディアで軒並み大絶賛。世界中の幅広い音楽リスナー層から支持を得た。日本においても2018年9月に初来日公演、2020年2月のライヴ・イベント“leave them all behind”にも参戦を果たして熱狂の渦を巻き起こすなど、メタル新時代の到来を予感させた。
2020年、コロナ禍でツアー活動にストップがかかったものの、パワー・トリップの快進撃を疑う者はいなかった。
だが2020年8月24日、すべての希望は霧散することになる。ヴォーカリストのライリー・ゲイルが急死したのだ。死因は鎮痛剤フェンタニルの過剰摂取。34歳の若さだった。
ライリーの死によって、バンドは活動を休止。現在(2023年6月)に至るまでその去就は明らかになっていない。
そんな状況下で2023年6月にリリースされるのが『ライヴ・イン・シアトル』だ。2018年5月28日、シアトルのクラブ“ニューモス”でレコーディングされたこの音源は当初、コロナ禍に伴うツアー中止で発生した損失を補填するべくBandcampサイトでデジタル・ダウンロード音源が2020年に発売されたものだが、ステージ・パフォーマンス・音質共にきわめて優れたもの。本作から『エクゼキューショナーズ・タックス(スウィング・オブ・ジ・アックス)』ライヴ・ヴァージョンが2021年グラミー賞“ベスト・メタル・パフォーマンス”部門でノミネートされるなど注目されたことで、このたびCD/LPのフィジカル・メディアとしてリリースされることになった。
近年グラミー賞ではデジタル・オンリーの楽曲がノミネートされることも増えてきたが、比較的保守的なファンが多いメタルでBandcampオンリーの音源が候補となるのは異例なこと。ライリーの死を踏まえてパワー・トリップをノミネートすることが前提にあり、その時点で“最新作”だったのが『ライヴ・イン・シアトル』だったということかも知れないが、(もちろん楽曲・演奏が優れていることが大前提にしても)そんな例外を設けるほど、彼らはメタル界において重要なアーティストに成長したのだといえる。
グラミー賞のメタル部門といえば、1989年の初年度にジェスロ・タルが受賞、2005年にモーターヘッドが受賞したときはメタリカのカヴァー曲、2015年にはパロディ・デュオのテネイシャスDという、メタル・コミュニティから「全然メタルを判っていない」と失格の烙印を押されてきたが、この年はパワー・トリップ以外はコード・オレンジ、イン・ディス・モーメント、ポピーがノミネートされ、ボディ・カウントが受賞するなど、「見直した」という声が上がった。
『ライヴ・イン・シアトル』の内容だが、ミッドテンポの『ドラウン』前半から『ディヴァイン・アプリヘンション』に雪崩れ込むオープニングだけで100点満点中100億点である。映像がなく音声のみの作品ではあっても、ライリーが「どういうサークル・ピットが出来るのか見せてみろ、シアトル。レッツ・ゴー!」と煽るのに応える歓声と噴き出すアドレナリンは、会場全体が巨大な洗濯機のように渦巻くのが目に浮かぶ。
2作のアルバムから選りすぐった全11曲が収められた本作。『エクゼキューショナーズ・タックス(スウィング・オブ・ジ・アックス)』がグラミー賞でノミネートされたことは快挙であるものの、あらゆるメタル作品の“カロリー消費量”を測定したら上位に来ることは間違いないため、きわめて納得のいくことでもある。その一方で、全曲がハイパーテンションの塊であるため、あえて1曲だけをピックアップしてノミネートしたのが不思議だったりもする。
『ライヴ・イン・シアトル』がデジタル発売されたのが2020年6月。地球が静止、あらゆるライヴが中止となった時期だった。音楽文化はおろか人類の先行きが見えない闇の中で、我々は観衆が叫び、暴れるライヴという“過去”の世界に想いを馳せたものだった。2023年を迎えて、国内外のアーティストによるライヴはほぼコロナ以前と同様に行われるようになったものの、本作から感じるピュアな獣性を取り戻すには、もうしばしの時間を要するのではなかろうか。
このままバンドの歴史にピリオドを打つか、それとも新ヴォーカリストを迎えるか。早かれ遅かれ、パワー・トリップは選択を迫られることになるだろう。『ライヴ・イン・シアトル』にはそんな岐路に立たされる以前の、ひたすらラウドな音楽をぶちかませば良かった時代のイノセンスがある。イノセンスにはイノセンスを。我々もとにかくスピーカーの音量を上げて、拳を突き上げ、首を振り、激音に身を委ねよう。
発売元:デイメア・レコーディングス
発売日:2023年6月21日
価格(税込):2,750円
詳細はこちら
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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