Web音遊人(みゅーじん)

穐吉敏子 Solo Live

93歳の世界的ジャズピアニストが日本のファンを大いに魅了!/穐吉敏子 Solo Live

ジャズの本場ニューヨークを拠点に長年世界的に活躍し、1999年には日本人初の国際ジャズ名声の殿堂入りも果たしたピアニストの穐吉敏子。現在93歳の彼女の創作意欲は、未だ衰えを微塵も見せず、今年も全国8か所でソロ・ツアーを開催。そのファイナルとなった2023年6月19日の銀座・ヤマハホール公演を聴いた。

この日は演奏に先立ち、盛岡市で「穐吉敏子ジャズミュージアム」を運営する照井顕氏がプレートーク。1974年に穐吉のレコードに出会って大ファンとなり、1980年に陸前高田で彼女のトリオ公演を実現。その後も、ツアーや録音を多数プロデュースし、2022年には念願のミュージアムをオープンするに至ったという。

作曲家としての半生と凄みを凝縮した前半

そんな穐吉愛が熱くユーモラスに語られ、期待がますます高まった中で幕を開けた当夜の演奏。オープニングを飾ったのは、穐吉の自作曲で、代表曲のひとつとして名高い『ロング・イエロー・ロード』だった。演奏後のトークで、「アメリカの物真似ではなく、自分だけの言葉を見つけなければいけないと思って、渡米後5年目くらいに書いた曲。でも、そこまでに至る道のりは長いだろうなと」と説明があり、日本のソロ・コンサートでは必ず最初に弾いているとのこと。緻密なタッチと緩急自在のスイングが同居した穐吉のピアニズムはこの日も健在で、右足をペダルから時折離して、大きく揺らしたり踏みつけたりして生み出す間やビートもみごとだった。

穐吉敏子 Solo Live

その後も、『メモリー』『アイ・ノウ・フー・ラブズ・ユー』『ファースト・ナイト』『木更津甚句』と、いずれも自作曲が続き、作曲家としての多彩かつ類い稀な才能を存分に発揮。中でも圧巻だったのは、『ロング~』と並ぶ初期傑作で、1961年の初帰国時に録音された『木更津甚句』。原曲の民謡が持つ日本らしい美しい香りと愉快なリズムにインスピレーションを得た穐吉は、それを4分の5拍子による超高速の右手と力強い左手の反復で描き、新しいジャズに昇華してみせた。以来、半世紀以上経っても消えることのない迫力と瑞々しさは、繰り返し演奏され続けてきたことで、この夜、さらなる洗練と深みを帯びていたと思う。

後半は巨匠の真髄と平和への祈りに感嘆

約20分の休憩を挟んだ後半は、バッハ『インベンション』、ディズニー『星に願いを』というスタンダードな傑作を冒頭に並べ、演奏家・穐吉の真髄に改めて迫ってゆく流れ。

続いて演奏されたのは、ディジー・ガレスピー『コン・アルマ』と、バド・パウエル『ウン・ポコ・ローコ』という、いずれもモダンジャズのパイオニアによる自作曲。この2曲は、演奏前に作曲者にまつわる穐吉ならではのエピソードを披露してくれたのも大変興味深かった。

穐吉敏子 Solo Live

稀代のジャズ・トランぺッターだったガレスピーに、「あなたのバンドのピアニストが辞めたら雇ってほしい」と彼女が頼むと、「考えておこう」と言われ、後に「僕のバンドの編曲をお願いしたい」という依頼に、我らが穐吉は「考えておくわ」と笑顔で返したという。

また、超絶技巧で知られたパウエルのピアノを穐吉は心から尊敬していたそうで、この夜の彼女の演奏は、パウエルの魂が乗り移ったようなフルスロットルで一気に駆け抜けていった。

そして最後は、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、彼女が必ず最後に弾いているという『ホープ(希望)』。組曲『ヒロシマ そして終焉から』の第3楽章にあたり、収録を兼ねた2001年の日本ツアーを終えてアメリカに戻った翌日にテロが起こってしまったそうだ。「私たちは平和を希望しますと言い続けるために、この曲を弾き続けます」とは穐吉の言葉だが、美しい祈りの調べとスイングの妙に深く感嘆しながら、来年も、再来年も、この先ずっと同じ場所で聴き続けていきたいと願わずにはいられなかった。

穐吉敏子 Solo Live

 

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

photo/ Ayumi Kakamu

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

亀井聖矢

今月の音遊人

今月の音遊人:亀井聖矢さん「音楽は感情を具現化したもの。だからこそ嘘をつけません」

3352views

音楽ライターの眼

トークとピアノが心地よい、和やかな昼下がり/飯森範親と辿る芸術Vol.2

3527views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

17669views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

21923views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17705views

ステージマネージャーの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

オーケストラのステージの“演奏以外のすべて”を支える/オーケストラのステージマネージャーの仕事(前編)

43777views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

19748views

こどもと楽しむMusicナビ

1DAYフェスであなたもオルガン博士に/サントリーホールでオルガンZANMAI!

3347views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

31823views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

9958views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

あれから40年、おかげさまで「音」をはずさなくなりました

4807views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10466views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17705views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10434views

音楽ライターの眼

指揮者の尾高忠明が第49回JXTG音楽賞の洋楽部門本賞を受賞

3962views

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

オトノ仕事人

マイク1本から吟味して求められる音に近づける/レコーディングエンジニアの仕事(前編)

15649views

ゲッゲロゾリステン

われら音遊人

われら音遊人:“ルールを作らない”ことが楽しく音楽を続ける秘訣

1959views

楽器探訪 Anothertake

バンドメンバーになった気分でアンサンブルを楽しめるクラビノーバ「CVP-800シリーズ」

7549views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10931views

山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

だから続けられる!サクソフォンレッスン10年目

5065views

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バイオリンの購入ポイントと練習のコツ

21039views

こどもと楽しむMusicナビ

“アートなイキモノ”に触れるオーケストラ・コンサート&ワークショップ/子どもたちと芸術家の出あう街

7114views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31113views