今月の音遊人
今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」
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今月の音遊人:下野竜也さん「自分を楽しく表現できれば、誰でも『音で遊ぶ人』になれると思います」
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2022.6.1
日本を代表する指揮者のひとり、下野竜也さん。ひとつひとつの言葉を丁寧に紡ぎながら質問に答えてくれる様子は、彼の音楽のように誠実さであふれていました。
非常に難しい質問ですけれど、おもしろいですね。これまで50年以上生きてきたなかで、どの曲を一番聴いたかなんて考えたことがなかったので、自分の音楽人生を振り返るいい機会になりました。
さて、一曲挙げるとすれば、ベートーヴェンの「第九」です。私は小学生の時にトランペットを始め、ジュニアオーケストラに入っていたのですが、その頃からベートーヴェンの曲が大好きでよく聴いていました。初めて生で聴くことができたのは高校1年生の時です。地元の鹿児島に井上道義さんがやってきて、地元のアマチュアを集めたオケを指揮するコンサートがあったのです。合唱団も地元の方々で、300~400人ほどだったでしょうか。第4楽章で合唱が入ってきたときに受けた、全身に鳥肌が立つような衝撃は今でも忘れられません。指揮者になりたいと強く思うようになったのも「第九」を振りたいという気持ちがあったからです。指揮台の上で聴いている回数でいえば「運命」と甲乙つけ難いところもありますが、トータルで考えるとやはり「第九」ですね。
自分に安心や好奇心を与えてくれるもの、といえばいいでしょうか。音のない世界とか、音楽がない世界というのは想像することができません。しかし、そのときの自分の状態によって、同じ曲を聴いても心地よく感じるときと、そうでないときはあります。「今は音楽がないほうがいいな」と思うこともあります。「音」や「音楽」は自分にとって家族や気の置けない友達のようなもので、毎日当たり前のように一緒にいると「ちょっと今日は……」と思うこともあるけれど、本当はずっとそばにいてほしい、みたいな(笑)。そんな存在だと思います。
また、音楽を職業にしている身からすると、音楽と向き合うことを愛おしく思う気持ちが日に日に大きくなってきています。若い頃は新しい曲を指揮できることが楽しみで仕方なかったけれど、最近は「自分はあと何回、この曲を演奏することができるのだろうか」と考えるようにもなりました。演奏する作品と接する時間をより大事にしたい、と思うようになりましたね。
簡単明瞭に「子ども」ですね。私には小学生の息子がいて、コロナ禍で一緒に過ごす時間が増えたのですが、見ていると、ずっと何かしら歌っているんです。宿題をやるにしても遊ぶにしても、いつも鼻歌を歌っている。誰かに上手に聴かせたいとかそういう気持ちではなく、シンプルに自分のいまの気持ちを表わしているんです。それを目の当たりにして、「これこそ音楽、そしてコミュニケーションの源流なんだ」と感じたのと同時に、「音楽ってやはり人間に必要なものなんだ」との思いが強くなりました。コロナ禍をきかっけに「不要不急」という言葉が叫ばれるようになりましたよね。特に音楽や舞台芸術に対して多く向けられたような気がします。だけど、自分の子どもを見ていて、「音楽は不急ではあるのかもしれないけれど、決して不要ではない」とあらためて実感しました。上手くできるかどうかとか、他人からどう思われるかとか、そういうところから離れて、少しぐらい音が外れてしまったりリズムが合わなかったりしても、自分を楽しく表現できれば、誰でも「音で遊ぶ人」になれるのではないでしょうか。
下野竜也〔しもの・たつや〕
1969年鹿児島生まれ。鹿児島大学教育学部音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部附属指揮教室で学ぶ。1997年、大阪フィル初代指揮研究員として、故・朝比奈隆氏をはじめ数多くの巨匠の下で研鑽を積む。2000年に東京国際音楽コンクール(指揮)で優勝および齋藤秀雄賞を受賞、2001年にはブザンソン国際指揮者コンクールでの優勝で一躍脚光を浴びた。2006年、読売日本交響楽団の初代正指揮者に迎えられ、2013年4月から17年3月まで同団の首席客演指揮者を務める。2011年、広島ウインドオーケストラ音楽監督に就任、2017年4月、広島交響楽団音楽総監督に就任した。国内の主要オーケストラに定期的に招かれる一方、海外のオーケストラとの共演や、オペラの分野でも活躍する。2017年4月、京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻教授に就任した。
オフィシャルサイト
文/ 山﨑隆一
photo/ 提供:広島交響楽団
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