Web音遊人(みゅーじん)

ベートーヴェンの苦闘からシューマンの夢幻へ。仲道郁代 スペシャル・コンサート~フォルクハルト・シュトイデ(バイオリン)を迎えて~

2020年、生誕250年のベートーヴェンと210年のシューマン。40年差の間には古典派とロマン派という西洋音楽史上の時代区分があるが、双方のつながりを実感する公演があった。1月13日、ヤマハホールでの「仲道郁代 スペシャル・コンサート~フォルクハルト・シュトイデ(バイオリン)を迎えて~」。仲道のピアノソロに、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターのシュトイデとのデュオも交え、ベートーヴェン、シューマンとその妻クララの作品の本質を追求した。

1曲目のベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第21番ハ長調『ワルトシュタイン』作品53」を仲道は驚くほど大胆に弾く。第1楽章を豪放に駆け抜ける。性急でリズムやタッチにやや不安もあったが、ベートーヴェンの怪物性を強烈なデュナーミクで浮き彫りにした。パリのエラール社から贈られた広音域で音量の大きい新型ピアノを使って作曲されただけに、ソナタやロンドの古典形式からはみ出しそうなほど壮大なスケールで鳴るべきだ。古典派にしてロマン派の発端でもあるベートーヴェンの本質が、仲道の演奏で浮かび上がる。短く穏やかな第2楽章を持ち前の繊細さで鳴らし、第3楽章では遅めのテンポでスフォルツァンドを強調、重厚さを出した。明るいハ長調の中に苦悩もにじませる解釈は、楽聖のすごみを伝える。

続くベートーヴェン「バイオリン・ソナタ第7番ハ短調作品30-2」は劇的だ。シュトイデのバイオリンは滑らかだが、張りがある。第1楽章では軍楽調も勇壮に奏でられ、ナポレオン戦争の時代を想起させる。仲道のピアノはこの曲でも強弱が激しく、バイオリンとの緊張感を高める。古典形式の中で難聴と闘う悲劇を語るかのようだ。こうしたドラマの内面が夕映えのような夢幻に染まるのが、シューマンの作品だ。

シューマンも仲道が得意とする作曲家。後半はまず妻クララの「3つのロマンス作品22」から第2、3番をシュトイデと共演した。気品に満ちた哀愁の叙情性は仲道の真骨頂だ。夫シューマンの「幻想小曲集作品12」(抜粋)では第2曲「飛翔」の激烈なピアノ独奏が印象に残った。

最後はシューマン後期の「バイオリン・ソナタ第1番イ短調作品105」。ドイツ・ロマン主義の画家フリードリヒの絵のような薄暗い幻想風景が広がる。現実から夢幻へと飛翔したシューマン。その精神がついに揺らぐ様子が第3楽章の終結部ににじみ出る。2人のスリリングな掛け合いが頂点を築き、不安と憧れの交錯を余韻として残す。

ベートーヴェンの苦闘からシューマンの病に至るまでの時代を奏でた公演。アンコールのクララ作曲「3つのロマンス作品22」第1番からは、夫シューマンの主題が聞こえてくる。追想という名のロマン派の美質が聴き手を捉えてやまない。

池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社文化部デスク。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介

特集

村松崇継

今月の音遊人

今月の音遊人:村松崇継さん「音・音楽は親友、そしてピアノは人生をともに歩む相棒なのかもしれません」

4694views

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase18)シベリウス「交響曲第2番」、凱歌をもたらす悲歌の働き、クイーンのヒット曲にも

音楽ライターの眼

【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase18)シベリウス「交響曲第2番」、凱歌をもたらす悲歌の働き、クイーンのヒット曲にも

7753views

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ―カスタムユーフォニアム「YEP-843(T)S」

楽器探訪 Anothertake

“銘器”のその先へ。次世代のフラグシップ——カスタムユーフォニアム「YEP-843S/YEP-843TS」

3646views

楽器のあれこれQ&A

ウクレレを始めてみたい!初心者が知りたいあれこれ5つ

6904views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9499views

オトノ仕事人

新たな音を生み出して音で空間を表現する/サウンド・スペース・コンポーザーの仕事

8455views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27048views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8750views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

14590views

われら音遊人

われら音遊人:アンサンブル仲間が集う仲よしサークル

11125views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6773views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11815views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9499views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13523views

音楽ライターの眼

連載48[ジャズ事始め]“アジア”から“江戸”へと回遊を始めた21世紀初頭の日本のジャズ

2299views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

11717views

われら音遊人

われら音遊人:ただ今、バンド活動リハビリ中!

9081views

【楽器探訪 Another Take】ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

楽器探訪 Anothertake

ベルの彫刻デザインとマウスピースも一新

12423views

福岡市民ホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史をつなぎ、新しい感動をつくる。音楽・芸術文化の新たな拠点/福岡市民ホール

560views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7515views

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ

楽器のあれこれQ&A

購入前に知っておきたい!電子ピアノを選ぶときのポイントとおすすめ機種

29056views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8091views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28214views