今月の音遊人
今月の音遊人:中川晃教さん「『音遊人』のイメージは、雲を突き抜けて、限りなくキレイな空の中、音で遊んでいる人」
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『ソナタ・シリーズ』をとおして、人間の心の機微、死生観に迫りたい/小菅優インタビュー
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2024.10.4
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズ(2010~15年)、「水・火・風・大地」の4つの元素をテーマにしたリサイタル・シリーズ『Four Elements』(2017~20年)など、さまざまなブロジェクトを企画し、絶大な評価を得ている実力派ピアニスト、小菅優。2023年3月からスタートした『ソナタ・シリーズ』では、バロックから現代まで、さまざまな作曲家たちのソナタを通して壮大な人間ドラマを構築している。2024年10月8日の公演を前にして、5回のシリーズの折り返し地点となるVol.3「愛・変容」、Vol.4「神秘・魅惑」について語っていただいた。
9歳でデビュー、10歳からドイツで学び、着実に世界的なピアニストとして歩み続けている小菅優が、40歳という節目を意識して企画した『ソナタ・シリーズ』。Vol.1「開花」では、バッハ、ベートーヴェン、プロコフィエフ、ブラームスの若き日のソナタに焦点をあて、Vol.2「夢・幻想」では、メンデルスゾーン『スコットランド・ソナタ』、ベートーヴェン『月光』、シューベルト『ピアノ・ソナタ第18番「幻想」』を取り上げ、ロマンティシズムあふれる音楽を楽しませてくれた。シリーズの折り返し地点のVol.3「愛・変容」では、ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第30番』、矢代秋雄『ピアノ・ソナタ』、シューマン『ピアノ・ソナタ第3番』を取り上げる。
「いつも新しいシリーズのプログラムを考えるとき、自分自身の音楽家としての目的が見えてくるんです。お客様にも、ひとつの旅のように楽しんでいただけたらいいなと思っています。今回はソナタを核にしたシリーズで、プログラムには自信がありますが、それぞれの作品を研究していくと、自分にものすごく大きな課題を与えちゃったなと。
Vol.3で取り上げるどの作品にも愛があふれていて、変奏曲の楽章が入っています。ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第30番』は、最後の3つのソナタの中でもいちばん歌心に満ちている内面的なソナタです。第1楽章のホ長調の夢と希望、一転して第2楽章のホ短調の激しくメランコリックな世界、そして第3楽章の変奏曲。バッハという軸があると思うのですが、対位法を用いて祈りのようなところもあり、さまざまに変化して、最後にまた静かなテーマに戻ってくる。ベートーヴェンの最高傑作だと思います。
そして、この作品をこよなく愛した矢代秋雄さんの『ピアノ・ソナタ』は、同じコンセプトで書かれていて、全楽章を通じて2つの対照的なテーマがあらわれ、最後の変奏曲でそのモティーフが対話するように昇華していく。その緊張感が素晴らしいんです。ハーモニー感には、彼が学んだメシアンに通じるところもあり、いつも歌があり、人間の奥深い内面が凝縮されているように思います。
シューマン『ピアノ・ソナタ第3番』は、後に妻となるクララと会えなかった時期の心の叫びです。クララが書いた「ド・シ・ラ・ソ・ファ」というテーマが、どの楽章にも散りばめられていますが、それぞれまったく違う情緒を漂わせながら、クララへの想いと暗い悲しみを湛えています。シューマンはこの作品を、当初「管弦楽のない協奏曲」として5つの楽章を書き、そのうちの3つの楽章を1836年に出版しました。その後、1853年にスケルツォをひとつ加えて「グランド・ソナタ」として出版したのですが、今回はさらにもうひとつ残されたスケルツォを加えて全5楽章で演奏します。また、第3楽章(今回は4番目に演奏される)のクララのテーマによる変奏曲には、現在の版では削除されている2つの変奏を加え、オリジナルに近い形になっています。シューマンの夢、憧れ、情熱、悲しみ、さまざまな感情がほとばしる演奏をお楽しみいただければと思います」
Vol.4「神秘・魅惑」では、スクリャービン『ピアノ・ソナタ第9番「黒ミサ」』、藤倉大『ピアノ・ソナタ』(委嘱日本初演)、ベルク『ピアノ・ソナタ』、リスト『ピアノ・ソナタ ロ短調』を取り上げる。
「Vol.3は人間の白い部分、Vol.4は黒い部分、対照的なプログラムを考えました。Vol.3は変奏曲の入ったソナタ、Vol.4は単一楽章で書かれたソナタという違いもあります。
Vol.4は、悪魔、誘惑、エクスタシーが渦巻くプログラムで、スクリャービンの『黒ミサ』から始まります。いきなりこれを弾いてお客様を恐怖に陥れるのかと、自分でも信じられないのですが、ちょっと危ないリサイタルをやってみたかったんです。『Four Elements』シリーズで取り上げた『悪魔的詩曲』は、ユーモラスな小悪魔のようなイメージですが、こちらは深い悪。洗脳されてしまうような怖さがあります。第2テーマは官能的で、聖地のような美しさもあり、悪魔的なところにも安らぎがあり、天国的なところにも必ずダークな部分がある。そういう意味でも、Vol.3とVol.4は対になっていて、人間の多面性を浮き彫りにできればと思います。
藤倉大さんのソナタは、トレモロで始まって水平線が見えるような幻想的な世界が広がり、テーマのモティーフが交互に対話し合って、リリカルなところと立ち止まって考え込むようなところが交錯し、いろいろな微生物が舞っている3Dのような官能的な作品です。ちょっとダークで、陰があるなと感じています。続くベルクのソナタは、リストのソナタと同じロ短調で、悲観的なところもありながらエモーショナルで、ハーモニーの色彩が次々と重なっていく魅力的な作品です。
後半のリストのソナタは、出だしのオクターヴから、どんよりとした暗い世界。でも、天国のような美しいところもある。ゲーテの「ファウスト」と関連づけられていますよね。20代のころに何度か弾いているのですが、今回は交響詩のような壮大な宇宙と人間の暗い部分や哀しみを表現できたらいいなと思います」
最終回のVol.5「黄昏」では、モーツァルト、ハイドン、ウェーバー、シューベルトの晩年に書かれた作品を取り上げる。
「シューベルトの最後のソナタを、このシリーズのゴールにしたかったのです。作曲家たちの晩年の曲ばかり集めたのですが、人間は死ぬ前に何を考えるのだろうか、どうして生きているのか、死ぬってどういうことなのだろう。そういう答えを見つけるときに、音楽ってすごく重要だなと思います。これは哲学なのだと思います。音楽をやっていておもしろいなと思うのは、作曲家がひとりの人間として人生ってなんだろうと問い続け、答えを見つける過程にアプローチすることなんです。それって、演奏家の醍醐味ではないかと、最終回に向かって考え続けたいと思います」
●Vol.3「愛・変容」
曲目:ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 op.109、矢代秋雄/ピアノ・ソナタ、シューマン/ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 op.14
2024年10月5日(土)兵庫・兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
2024年10月8日(火)東京・紀尾井ホール
●vol.4「神秘・魅惑」
曲目:スクリャービン/ピアノ・ソナタ第9番 「黒ミサ」、藤倉大/ピアノ・ソナタ(委嘱日本初演)、ベルク/ピアノ・ソナタ、リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調
2025年3月20日(木・祝)茨城・水戸芸術館コンサートホールATM
2025年3月23日(日)兵庫・兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
2025年3月25日(火)愛知・Halle Runde
2025年3月28日(金)東京・紀尾井ホール
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小菅優オフィシャルサイト