Web音遊人(みゅーじん)

Duet SHUTARO × KENTO

圧巻のパフォーマンスをみせてくれた、今注目の若手ジャズ奏者によるデュオ/Duet SHUTARO × KENTO

トランぺッターの松井秀太郎と、ピアニストの壷阪健登。いま最も注目を集める若手ジャズプレイヤーの2人が、2024年8月30日に銀座のヤマハホールでデュオライブを開催した。オリジナル曲もスタンダードも、瑞々しい感性と確かな演奏力で表現してみせる姿に、観客は息をのむばかり。そんな圧倒的なパフォーマンスの様子をお届けする。

心温まる演奏も気迫満点の演奏もこなす変化自在なステージ

ライブはステージの様子が確認できないほどの暗闇からスタート。まさに無と言える状態から、ピアノの音が眩い光のように鳴り出した。曲は壷阪のオリジナル『With Time』。叙情的なピアノの旋律に耳を奪われていると、新たな命が生まれてくるように松井のトランペット鳴りだし、ピアノとともに大河のようなうねりを作り出していく。曲が進むにつれ、ふたりの演奏はどんどんドラマチックに、ますますダイナミックになってゆき、聴くものを圧倒していった。

Duet SHUTARO × KENTO

続く『こどもの樹』も壷阪の作品で、さきほどとは一転、軽快な演奏に緊張がほどける。岡本太郎のモニュメントから着想を得たそうで、元気に力強く音が跳ね響くさまは、まさに無邪気な子どものよう。ピアノが子どものかけまわる動き、トランペットが楽しげな声を模しているようで、楽しい気分にさせられたのだ。

壷阪のデビューアルバム『When I Sing』から2曲を演奏したところで、今度は松井の曲『If』をプレイ。2024年10月に発売される松井のセカンドアルバム『DANSE MACABLE』に収録されるナンバーで、枯れた味わいを放つトランペットのミュート音と、小気味よく鳴らされるピアノが心地よい、オールドタイムな雰囲気の曲だ。ステージのふたりが思い出話に花を咲かせている、そんな趣さえ感じる演奏に、心が温かい感覚で満たされた。

和やかな空気に癒されたところで、壷阪がオリジナルの『Departure』をソロで披露。メロディのドラマ性もさることながら、ピアノという楽器の響き、余韻が実に美しく感じられる。演奏前のMCで「昨年ヤマハホールで行ったソロ公演が、最新アルバムの制作に大きな影響を与えた」と語っていたが、まさにこのホールでの響きを意識したのだろう。

壷阪健登

続く『Neapolitan Dance』では松井も加わりデュオで演奏。クラシカルなタッチで演奏したかと思えば、突然高速プレイを披露したり、今度はスウィングしてみせたりと、変化自在の演奏を披露。その確かな表現力に観客は熱烈な拍手をおくり、ライブ前半は終了したのだ。

即興やクラシック曲、スタンダードも披露される自由なライブ

休憩を挟んでの後半は、松井のソロでスタート。哀愁をまとったメロディをときにむせび泣くように、ときに荒ぶるようにトランペットで歌い上げる。その生々しい演奏に、観客一同心を鷲掴みにされる。終了後、これが即興だと知らされ会場にどよめきがおこったが、無理もないことだ。

松井秀太郎

そんな才能溢れる松井と壷阪は、ピアニストの小曽根真が主宰する若手アーティスト育成プロジェクト“From OZONE till Dawn”で研鑽を積む仲だが、デュオでライブをおこなうのはめずらしいとのこと。「ふたりならではの会話のようなおもしろさがデュオにはあるなって思います」と松井が真面目に語ると、壷阪が「間違ってもふたりでなんとかしなくちゃいけないからね」と返す。ジョークっぽいニュアンスで言ってはいたが、その“なんとかしなくちゃいけない”も、ふたりにとっては楽しいことなのだろう。

Duet SHUTARO × KENTO

続けての演奏は、松井のアルバムのタイトルにもなっているサン=サーンスの『Danse Macabre』。壷阪が飛び跳ねるように体を動かしながらワルツのリズムを弾くうえで、松井のトランペットが猛々しく、どこか幻想的でもある響きを放つ。その躍動的なパフォーマンスは“死の舞踏”という題名とは裏腹に、溢れ出るような“生(せい)”のエネルギーが感じられたのだ。

続いての演奏は、スタンダードの『For Heaven’s Sake』。松井のフリューゲルホルンが醸し出す深みのある響きと、余白を持たせ語るように鳴らされるピアノが、曲のテーマである狂おしい愛の感情を観客の心の中にも沸き立たせてくれる。

新時代のジャズを担うふたりの姿は、聴く人の未来をも照らす

しっとりした雰囲気に包まれたところで、ライブもいよいよ最終章に突入。壷阪が自作の『Prelude No.1 in E Major』をソロで演奏したのに続いて、『Kirari』では松井も加わり、思う存分音を乱舞させていく。トランペットとピアノが寄り添ったかと思えば、“自分の音”をぶつけあったりもする、その様子はスリリングであり、同時に頼もしさも感じたのだ。

Duet SHUTARO × KENTO

熱烈な拍手に応えてのアンコール曲は『Foolin’ Myself』。本編で演奏された『For Heaven’s Sake』同様、ビリー・ホリデイの歌唱で有名なスタンダード曲だが、こちらは路地裏のナイトクラブで演奏しているような親しみのある音色が心地よく、思わず身体を揺らしながら聴き入ってしまった。そんな古き良き時代のジャズも、現在進行形の自分たちのジャズも、豊かな感性で表現してみせる彼らの姿は、ジャズの新時代を、そして聴くものの未来をも照らしてくれているようだった。

Duet SHUTARO × KENTO

飯島健一〔いいじま・けんいち〕
音楽ライター、編集者。1970年埼玉県生まれ。書店勤務、レコード会社のアルバイトを経て、音楽雑誌『音楽と人』の編集に従事。フリーに転向してからは、Jポップを中心にジャズやクラシック、アニメ音楽のアーティストのインタビューやライヴレポートを執筆。映画や舞台、アートなどの分野の記事執筆も手掛けている。

photo/ Takako Miyachi

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

ジェイク・シマブクロ

今月の音遊人

今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」

10844views

音楽ライターの眼

弦の名手6人が織りなす濃密な音の世界/伊藤亮太郎と名手たちによる弦楽アンサンブルの夕べ Vol.2

5875views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15679views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

50060views

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】沖縄民謡アーティスト上間綾乃がバイオリンに挑戦!

10499views

オトノ仕事人 ボイストレーナー

オトノ仕事人

歌うときは、体全部が楽器となるように/ボイストレーナーの仕事(前編)

28179views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

17719views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7296views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

37180views

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

われら音遊人

われら音遊人:音楽仲間の夫婦2組で結成、深い絆が奏でるハーモニー

8388views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9392views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11817views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

9719views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

27475views

音楽ライターの眼

『スター・トレック』のカーク船長がブルース・アルバムを発表!?ウィリアム・シャトナー『The Blues』

4103views

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

オトノ仕事人

出演アーティストの発掘からライブ制作までを一手に担う/ジャズクラブのブッキング・制作の仕事 (前編)

21159views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:仕事もバンドも、常に真剣勝負!

10499views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15679views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

25799views

山口正介さん

パイドパイパー・ダイアリー

「自転車を漕ぐように」。これが長時間の演奏に耐える秘訣らしい

6934views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

50060views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8751views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28218views