Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#047 コテコテのメロディに芸術性を与えた“下支え”の賜物~アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』編

アート・ブレイキーの最高傑作であるのみならず、モダン・ジャズの最高傑作(註:米オンライン音楽データベース“All Music”のレヴューによる)とも言われる本作なので、“名盤”としていまさらなにも付け足すことはない──となればここで本稿も終了してしまうわけですが、そうもいきません。

そこで今回は視点を変えて、本作をリーダーのアート・ブレイキーではなく、参加メンバーのベニー・ゴルソンに注目して考察してみたいと思います。

折しも今年9月21日に「享年95でベニー・ゴルソン逝去」という訃報を耳にしたばかりなので、彼への追悼の意を込めて聴き直してみましょう。


モーニン/アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ

アルバム概要

1958年にスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤で、A面3曲B面3曲の合計6曲を収録。CD化は日本で同曲数同曲順のヴァージョンが先行し、アメリカではタイトル曲『モーニン』の未発表テイクを追加した7曲収録ヴァージョンがリリースされました。また、フランス録音のボーナス・トラック4曲入りの10曲収録ヴァージョンなどもあります。

メンバーは、リーダーでドラムスがアート・ブレイキー、トランペットがリー・モーガン、テナー・サックスがベニー・ゴルソン、ピアノがボビー・ティモンズ、ベースがジミー・メリットのクインテット。

オリジナル盤の収録曲は、タイトル曲がボビー・ティモンズ作、ほかの5曲はベニー・ゴルソン作という、すべてオリジナル曲での構成になっています。

“名盤”の理由

1919年に米ペンシルベニア州ピッツバーグで生まれたアート・ブレイキーは、20代で早くもビッグバンドの花形ドラマーとしての地位を確立する一方、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーといったビバップのオリジネーターたちとも共演を重ね、その動向に注目していたブルーノート・レコードからの誘いで1947年にアート・ブレイキーズ・メッセンジャーズ名義でレコーディング(12インチSP盤)を行なっています。

本格的始動ともいうべきは1950年代半ばで、彼が立ち上げたクインテットが1954年2月にニューヨークのジャズクラブ“バードランド”で行なったライヴが“ハード・バップの誕生”とされているほどエポックメイキングなものでしたが、翌年にメンバーを入れ替えてザ・ジャズ・メッセンジャーズを結成するも、コ・リーダー的存在だったホレス・シルヴァーの離脱やメンバーの入れ替えがあり、再起動というかたちで臨んだのが本作でした。

このタイミングでザ・ジャズ・メッセンジャーズに参加したのがベニー・ゴルソンです。1929年に米ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれた彼は、恵まれない家庭環境ながら9歳でピアノを習い始め、高校時代はブラームスやショパンに感化される一方でサックスに転向し、ビバップの潮流のなかでその腕を磨いていきます。

大学を卒業すると本格的にR&Bバンドで音楽活動を始め、そこで出逢ったタッド・ダメロンのバンドなど、数々のビバップ系バンドを渡り歩くようになります。

1959年にアート・ファーマーと双頭六重奏団“ジャズテット”を結成して自己名義の活動を始め、1960年代から70年代後半にかけてはテレビ・ドラマの音楽などスタジオ・ワークに専念、70年代後半からライヴの“現場”に復帰し、2016年にも(ラスト・スタジオ・レコーディングとなった)アルバム『ホライゾン・アヘッド』をリリースするなど、シーンの最前線を走り続けていました。

こうした経歴から、時代が求めるアンサンブル・アレンジに長け、それを提供することでジャズの芸術性を高める下支えをしてきたと言えるのが、ベニー・ゴルソンではないかと思うのです。

彼がいたからこそ、ボビー・ティモンズが作ったコール・アンド・レスポンスとブルースのコード進行という“コテコテのメロディ”の曲『モーニン』を、ハード・バップというスタイリッシュで時代の最先端を行くイメージにシフトさせることができたゆえの“名盤”だ──と思うわけです。

いま聴くべきポイント

ベニー・ゴルソンの演奏は、独特のクールなサブトーンを流麗なフレージングで折り重ねていくスタイルで、同時代のジョン・コルトレーン(2歳年上の高校の先輩で、ベニー・ゴルソンの自宅で一緒にサックスの練習もしたことがある仲だったそうです)に代表されるような幾何学的(あるいは数学的)なスタイルとは異なるとされています。

しかし本作を聴くと、ジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』を彷彿とさせるようなフレージングが出てきたりして、彼なりにジャズ・シーンを研究してオマージュしたプレイが記録されているのではないかと感じる箇所が少なからずあります。

とはいえ、アート・ブレイキーとボビー・ティモンズのアクセントのハッキリしたプレイが前面に出ているため、ベニー・ゴルソン本来のスタイルが目立たないのも事実。でも、まさにそれこそが“芸術性を高める下支え”をまっとうしているということではないでしょうか。

理詰めになりすぎず、エンタテインメント性と歌心をバランスよく配置できたベニー・ゴルソンの参加があったからこそ、この“名盤”は生まれたのだ──という賛辞とともに彼のご冥福を祈りたいと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:下野竜也さん「自分を楽しく表現できれば、誰でも『音で遊ぶ人』になれると思います」

3937views

音楽ライターの眼

ユニフォームが新作『SHAME(シェイム)』を発表。ノイズ・ロックの破壊衝動の向かう先へ

4138views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

すぐに音を出せて、自由に演奏できる。管楽器の楽しみを多くの人に

14770views

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

楽器のあれこれQ&A

初心者必見!バンドで使うシンセサイザーの選び方

24530views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10890views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

10236views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

8056views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6584views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

23678views

Leon Symphony Jazz Orchestra

われら音遊人

われら音遊人:すべての楽曲が世界初演!唯一無二のジャズオーケストラ

718views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8903views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

32298views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

14064views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

33405views

Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG

音楽ライターの眼

ロックの新時代を告げるフェス/2018年3月31日~4月1日、Vans Warped Tour Japan 2018 presented by XFLAG開催

5300views

ホールのクラシック公演を企画して地域の文化に貢献する/音楽学芸員の仕事

オトノ仕事人

アーティストとお客様とをマッチングさせ、コンサートという形で幸福な時間を演出する/音楽学芸員の仕事

12779views

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

われら音遊人

われら音遊人:1年がかりでビッグバンドを結成、河内からラテンの楽しさを発信!

11880views

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

楽器探訪 Anothertake

変えるべきもの、変えざるべきものを見極める

15104views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

9450views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8903views

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

楽器のあれこれQ&A

これからアコースティックギターを始める際のギターの選び方や準備について

17593views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

8041views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

10850views