
今月の音遊人
今月の音遊人:MORISAKI WINさん「音は感情を表すもの。もっと音楽を通じたコミュニケーションをして、世界を見る目を広げたい」
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ジャンルを超えた表現で新たなフェーズに突入/沖仁×大萩康司×小沼ようすけ“TRES IV”
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2025.4.17
フラメンコギター奏者・沖仁、クラシックギター奏者・大萩康司、ジャズギター奏者・小沼ようすけの3人によるコンサート「TRES(トレス)」。2025年2月8日にヤマハホールで行われた4回目となる「TRES Ⅳ」では、コラボの域を突き抜け、トリオ「TRESの世界」を見事に創出。アレンジ、音色や響き、奏法など、いずれも工夫に満ち、「新たなフェーズに突入したなあ」と感服した。
大萩が、初めてセンターに着いた。繊細でキレのいい沖のフラメンコギター、明瞭で鳴りのいい大萩のクラシックギター、音の明暗や揺らぎが美しい小沼のエレキギターという並びだ。各楽器の特性や音色のバランスがとれ、心地よい響き。
1曲目の『Invitation』は、ギターデュオ・アサド兄弟の作品。3人で旋律をバトンタッチしていく。小沼の自然のそよぎのような合いの手、沖の軽やかなストロークなど、小気味よい演出を盛り込んだ進行になっていた。
『アルハンブラの思い出』も奏法の組み合わせが面白く圧倒される。沖の哀愁漂う旋律に小沼が高音域で呼応したり、大萩の流麗なトレモロに小沼が即興的なフレーズを溶かし込んだり、メランコリックなジャズ旋律を奏でたりで、異国情緒が充満。
ソロでは個性がより色濃く出た。沖のオリジナル『カジャオ』は、修業時代にスペインのマドリードで最初に住んだ街だ。当時は物騒な地域で、陰影をはらんだ切ない響きが不穏な喧騒を伝える。ボディをたたいて迎える最後に、心ざわつく事件を連想したのは私だけではあるまい。
一変して、大萩は『さくらの主題による変奏曲』。戦後日本のギター界を牽引した横尾幸広の現代邦楽的作品だ。ワンフィンガーのトレモロ、ネックのハイポジョンでハーモニクスを駆使してタッピングなど、箏を弾いているかのような独創的テクが満載。春風に桜の花びらがはらはらと舞い落ちる様が目に浮かぶ。
前半の締めは小沼の『Around The Love』。世界平和を願っての曲だが、現実の悲惨さを嘆く曲調ではなく、宇宙創生以来、あるべき命の営みや自然の原風景を連想させるような音楽だ。聞き手は自ずと穏やかな未来を模索する。小沼らしいオーガニックサウンドに心が洗われる。
休憩をはさんで後半は、楽しいトークから。直前に八ヶ岳でリハ合宿した。場所は、小沼の母が3月に開店させるリゾートカフェ。高原の自然に包まれ、3人のモチベーションもアップし「1日目が8時間、2日目も6時間くらい練習したね」。心地よい音色が響いて「母が、店にいい音を入れることができたと喜んでた」と小沼。郷里・秋田のきりたんぽ鍋をつつき合ったりして、充実のひとときだったようだ。
そして、フラメンコギターの名手、パコ・デ・ルシアとフュージョン界の雄、アル・デイ・メオラの名曲『地中海の舞踏』を3人で初披露。音域が広く、細かなパッセージの早弾きをはじめ、超絶テクの応酬となる。光と影、情熱と哀愁などが交錯する。
小沼の『ムン・カ・ヘレ』では大萩がジャズ風メロを弾いたり、沖の『Fantasma』では魂が消え入るような音を小沼が醸すなど、各々がジャンルを超えた表現を随所で見せ、心を解き放つようなハーモニーを響かせた。弦をこすってスクラッチ音を出したり、パーカッシブな奏法でメリハリをつけたりも。
フィナーレの『リベルタンゴ』は「TRES」の真骨頂。明日が見えない恋の哀楽を沖が、艶色を大萩が、倦怠や心の揺れを小沼が表現。迫真の演奏に、拍手が湧き上がった。
アンコールは、映画『ディア・ハンター』のテーマ『カヴァティーナ』、そして小沼の『Flyway』。いずれも今日の余韻に浸れる甘美なサウンドで、音の魔力に引っ張られるように、スタンディングオーベーションに。終演後、初めてサイン会も行われた。長蛇の列で、「TRES」のCD販売を望む声も複数聞かれた。すでに北陸や九州などでの演奏も決まっている。
原納暢子〔はらのう・のぶこ〕
音楽ジャーナリスト・評論家。奈良女子大学卒業後、新聞社の音楽記者、放送記者をふりだしに「人の心が豊かになる音楽情報」や「文化の底上げにつながる評論」を企画取材、執筆編集し、新聞、雑誌、Web、放送などで発信。近年は演奏会やレクチャーコンサート、音楽旅行のプロデュースも。書籍は『200DVD 映像で聴くクラシック』『200CD クラシック音楽の聴き方上手』、佐藤しのぶアートグラビア「OPERA ALBUM」など。新刊『絆の極み ~さだまさしと渡辺俊幸の半世紀~』絶賛発売中!
Lucie 原納暢子