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生身の人間が「打つ」原点に回帰、現代音楽を温故知新/関 聡 パーカッション・リサイタル
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2025.5.8
打つ、はじく、叩くといった人間の運動行為は楽器演奏の原点だ。打ち込みやターンテーブル、人工知能(AI)の利用が進む今、生身の人間が「打つ」という音楽の原点は見逃されやすい。2025年3月22日、東京・銀座のヤマハホールでの「関 聡 パーカッション・リサイタル」はその原点に回帰し、打楽器の多様性と可能性を実感させた。石井眞木やアンドレ・ジョリヴェらの現代音楽の名曲を温故知新し、パーカッションの未来が鳴り響いた。
まずボンゴとコンガが4個ずつとペダル操作のバスドラムがステージに配置された。関がボンゴをスティックで打ち始める。4連符3つの計12個の拍節はビート風に鳴り響くが、13拍節目に素早くコンガの打音が割り込む。1曲目、現代音楽の巨匠・石井眞木の『サーティーン・ドラムス Op.66』(1985年)だ。整然としたビートに乱入する打音を石井は「非定量的リズム」と呼んだ。
シンプルでもスリリングなのは、ビートと非定量的リズムが相乗効果を上げるからだ。関が「打つ」道具もスティックからマレット、ブラシ、素手へと変わり、それらの左右組み合わせもあり、同じボンゴやコンガでも多様な楽器を聴く感覚になる。最後は重低音のバスドラムが優勢になり、ストラヴィンスキーの『春の祭典』のような原始的エネルギーを発散し始めて終わる。「このまま野蛮なノリが続けばいいのになあ」と惜しませつつ深い余韻を残す。
2曲目はフランスの打楽器奏者兼作曲家ニコラ・マルティンショヴが作曲した『チック-スネアドラム・ソロのための』(2003年)。1台のスネアドラム(小太鼓)をあらゆる奏法で鳴らし、様々な音色を聴かせる。まずは管弦楽での使用でありがちな行進曲風のリズムをスティックで打ち鳴らす。さらにマレットやブラシ、指などを使って打面ではない部分も響かせる。ジャズやサンバ風のリズムも飛び出し、この打楽器の多面性を浮き彫りにした。
ピアノも鍵盤を押してハンマーで弦を打ち鳴らす仕組みだから打楽器だ。3曲目、ニュージーランドの作曲家ジョン・ササスの『マトルズ・ダンス』(1991年)ではピアニストの森浩司が協演した。ピアノとパーカッションの組み合わせでバルトーク風の曲調が感じられる。同音反復が多そうなピアノのリズムにはロックの雰囲気もにじむ。ティンパニの重低音も加わり異様なグルーヴ感を出していた。
後半は福士則夫の『ソロ・パーカッションのための「グラウンド」』(1976年)から始まった。打楽器界の重鎮である吉原すみれが委嘱した作品だが、当時全盛だった前衛音楽の風格がにじむ。カウベルや銅鑼、おりん、おもちゃの鉄琴など23種類の打楽器を打ち、叩き、擦り、蹴る。身体運動の拡張が「打楽」の可能性を広げる。音楽を構成する律動、旋律、和声のうち特に律動を司る打楽器は、原初的な楽器といわれる。しかし関の演奏を聴くと、打楽器は現代において発見され、今も進化を続けていると思えてくる。
最後はフランスの作曲家アンドレ・ジョリヴェの『打楽器協奏曲』(1958年)。全4楽章から成る大作を関は森のピアノと協演した。第1楽章では関がティンパニで5拍子のテーマを鳴らし、森のピアノが半音階的に反復するフレーズでリズムを刻む。
緩徐楽章の第2楽章は印象深い。本公演で初めて美しいメロディーを聴いたからだ。ブルース調のピアノから始まり、関がヴィブラフォンで美メロを奏でる。打音が渦巻く荒野に咲いた一輪の花だ。第3楽章スケルツォは古典的な諧謔性を滲ませておもしろい。第4楽章では大太鼓が土俗的に響き、祭囃子のように盛り上がる。クラッシュ・シンバルも打ち鳴らされて頂点を築く。
終演後、関に今回の選曲について聞いた。「最近の現代音楽はパフォーマンスを見せるシアター・ミュージックみたいなものが優勢になっている。ここで『打つ』という打楽器の原点に戻り、現代音楽の未来を見定めようと考えた」。突飛な奏法と思われた作品も今では現代音楽の古典である。それらは目先のウケや話題性を狙うのではなく、打楽器の本質とあらゆる可能性を追求した音楽作品だったからだ。現代音楽を温故知新した関の活躍に期待する。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介