Web音遊人(みゅーじん)

『終わりなき対話 やさしさを教えてほしい』谷川俊太郎、中島みゆき

谷川俊太郎と中島みゆき。ふたりのことばによる、どこまでも幸福な時間/『終わりなき対話 やさしさを教えてほしい』

1980年から2022年。42年の時を隔てて行われたふたつの対談を軸に構成される本書は、谷川俊太郎と中島みゆきによって、ことばがもつ魅力をあらためて味あわせてくれる。そして、読んでいるとなんともいえない幸福感に包まれるのだ。

40年以上の時を隔てたふたつの対談

どこまでも深い、相手へのリスペクト。思いやる気持ち。やさしさ。遊びごころ。うそ。ほんと。ちょっとしたいじわる。生と死。そして、愛情──。
正面切って言ったり書いたりしようとすると、どうにも恥ずかしくてたまらなくなってしまって、なかなかうまく表現できない感情を、このふたりは簡潔なことばで、時には鳥のように軽やかに、時には巨大な岩のような重厚さをもって紡いでいく。
谷川俊太郎と中島みゆき。本書は、ことばを扱うことにかけても日本を代表するふたりの、時を隔てたふたつの対談と、お互いがお互いについて書いた随筆を中心にした交流の記録である。加えて、ふたりの詩を交互に味わえる章や、お互いに交わす33の質問なども味わい深い。
対談が行われたのは、1980年の秋と、2022年の夏。前者は1981年に出版された、6人の女性と谷川との対談集『やさしさを教えてほしい』に収録されたもの(本書一章/谷川俊太郎・中島みゆき対話 一九八〇年)で、テンポの良い会話で谷川が中島の魅力を引き出している。「何だか、マグダラのマリアみたいに罪深い人なんだね(笑)」という谷川の中島に向けたことばが印象的だ。
一方、中島は谷川について書いた随筆(二章/中島みゆきが描く谷川俊太郎)の中で、何もかも見透かされているような中でもがいているような対談だったと当時を振り返っている。「谷川さんの口を借りて、遠い遥かなどこかから私が聞かされるべきだったことを聞いているような時間だった」という記述が心に残る。
それから42年経った後者の対談(七章/四十二年ぶりの対話 二〇二二年)は、お互いに重ねた年月によって、山間の小気味よい流れのようだった前回から、ゆったりとダイナミックに流れる大河に成長したかのような、しかとした確かさが伝わってくる。むかしのことを思っては「やたら反省してる」という谷川と、時間を超える「魂」の話をする中島。最後、「では、300年後に。」と言って終わるのだが、その姿を想像すると、どこまでも幸福な気分になれる。それは決して気のせいではなく、ふたりが持つことばの力が成せる業なのだ。

“文学”として読む中島みゆきの詩

さて、冒頭と締め括りが対談ならば、中盤のハイライトは、ふたりの詩が交互に配置された四章(中島みゆきの詩 谷川俊太郎の詩)である。
「朝のリレー」や「生きる」といった谷川の代表的な詩も、あらためて読むとその普遍性や芯の強さに圧倒されて胸が締め付けられるのはもちろんのこと、「糸」や「旅人のうた」をはじめとする中島の詩も、リズムやメロディーを伴わない新鮮さとともに、真摯なことばに心を奪われるのだ。
「音楽と声の助けなしにことばを読むことで、私たちは歌の肉体だけでなく、骨格とでもいうべきものを知ることができる」と、谷川は三章(谷川俊太郎が描く中島みゆき)に記している。「書物は音楽にあふれたスタジオやコンサートホールとはまた違った静けさに人を導く。そのような静けさのうちでしか聞くことのできない隠された声、それを詩と呼んでもいいのではないだろうか。」とも。彼女のことばがもつ力、そして谷川俊太郎に心酔し、大学の卒業論文のテーマに彼を選んだ中島の、文学者としての側面を存分に感じられるのも本章を読む醍醐味だといえる。
加えて、稀代のイラストレーター、黒田征太郎による挿絵が、本書にピースフルでエターナルな魅力を添えていることも付け加えておきたい。時を超えて人々に愛されるふたりの42年ぶりの対話を受け止め、彩ることができるのは、同じ時代の空気を吸ってきたであろう彼しかいないのだと、本書を手にするたびに思うのである。
昭和、平成、そして令和。その時々に合わせて読む人や聴く人の心の奥底にまで届くことばを発し続けてきたふたりの対話は幸福にあふれ、そのタイトルどおりに“終わりなき”物語である。

■インフォメーション

『終わりなき対話 やさしさを教えてほしい』
『終わりなき対話 やさしさを教えてほしい』谷川俊太郎、中島みゆき
著者:谷川俊太郎 中島みゆき
発売元:朝日出版社
発売日:2025年4月15日
価格:1,980円(税込)
詳細はこちら

特集

中村佳穂

今月の音遊人

今月の音遊人:中村佳穂さん「私にとって音楽は“取り繕わなくていい場所”」

4627views

音楽ライターの眼

連載7[ジャズ事始め]民間初の常設舞踏場が担った日本のジャズ文化発信

4894views

楽器探訪 Anothertake

ナチュラルな響きと多彩な機能で電子ドラムの可能性を広げる、新たなフラッグシップモデルDTX10/DTX8シリーズ

5588views

楽器のあれこれQ&A

エレキギター初心者を脱したい!ステップアップ練習法と2本目購入時のアドバイス

7747views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

20031views

カッティング・エンジニア

オトノ仕事人

レコードの生命線である音溝を刻む専門家/カッティング・エンジニアの仕事

8417views

久留米シティプラザ - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

世界的なマエストロが音響を絶賛!久留米の新たな文化発信施設/久留米シティプラザ ザ・グランドホール

21801views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4490views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

26555views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

5504views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9414views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35073views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

11766views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21817views

ジェフ・リンズELO

音楽ライターの眼

ジェフ・リンズELOがライヴ映像作品/CD『ウェンブリー・オア・バスト〜ライヴ・アット・ウェンブリー・スタジアム』を発表

4762views

オトノ仕事人

子ども向けコンサートを企画し、音楽が好きな子どもを増やす/コンサートプロデューサーの仕事

9929views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9440views

マーチング

楽器探訪 Anothertake

見て、聴いて、楽しいマーチング

17925views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

13491views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

9414views

暖房

楽器のあれこれQ&A

ピアノを最適な状態に保つには?暖房を入れた室内での注意点や対策

64899views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7321views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28261views