Web音遊人(みゅーじん)

音楽の“布地”を織り出す、それぞれに個性的な“糸”/鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ:チェンバロ協奏曲全曲録音プロジェクト Vol.2

バッハはチェンバロ1台と弦楽合奏のための協奏曲を8曲、書き残した。そのすべてを録音し、演奏会で披露する企画を、鍵盤楽器奏者の鈴木優人とバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が昨年から進めている。このたびそれがめでたく完結。締めくくりの演奏会に足を運んだ。今回は8曲の内、「BWV1055」「1058」「1057」「1054」を聴く。

ライプツィヒに転勤してからバッハは、同地の楽団コレギウム・ムジクムの演奏会のために、さまざまな協奏曲や管弦楽組曲を作曲した。この時期のチェンバロ1台と弦楽合奏のための協奏曲にはすべて、異なる独奏楽器による原曲が存在する。この日は冒頭の「BWV1055」を除き、いずれも元の作品がはっきりしている協奏曲ばかり。原曲と編曲とを比較できるので、楽器を移し替える際のバッハの工夫がよく見える。

たとえば2曲目の「BWV1058」。これは「ヴァイオリン協奏曲イ短調BWV1041」を原曲とする。ヴァイオリンは隣り合った弦を完全5度(半音7つ分)で調律するので、音程を飛んだり跳ねたりするのが得意。一方、チェンバロは半音または全音で鍵盤が隣り合っているので、音階を上り下りするようなパッセージで力を発揮する。バッハはそうした楽器の特性を活かして編曲している。つまり、もともとは起伏のあった旋律を、滑らかに上下するメロディーに代えている。

BCJの演奏からは、そんなバッハの工夫がよく聴こえてくる。音楽の“布地”を織り出す“糸”がそれぞれ個性的で、それでいてほかを邪魔しないからだ。各楽器ひとりの最小編成ということもあるが、それぞれのパートがきちんと方向性のある音を出すのがその理由。弦楽器奏者は弓を上下に動かすときの力加減の違いを、曲を駆動させるエンジンとして使ったり、緊張感の移り変わりを描く絵筆として利用したりする。チェンバロも弦楽器も、音域が変わると音色が変わる。奏者はそれを演奏に活かす。そうすると音域それぞれに違った個性が現れる。その違いが複数の“登場人物”を描き分けていく。

3曲目の「BWV1057」に登場したリコーダーも素晴らしかった。こちらは《ブランデンブルク協奏曲》第4番が原曲。2本のリコーダーとチェンバロが独奏を担当する。笛の細やかな息づかいが音に勢いと方向性とを与える。だから拍子のギアチェンジ(ヘミオラ)するところも、気持ちよく“ダンスのステップ”が収まる。

名手ぞろいのオーケストラを、チェンバロの独奏を受け持ちつつ引っ張っていった鈴木優人に拍手。アンコールにスペインの舞曲ラ・フォリアに基づく即興曲を弾いたことにも驚かされた。いったん退場した演奏者たちが、チェンバロ、リコーダー、コントラバスと徐々に舞台に戻ってくる。やがて即興から滑らかに「BWV1057」最終楽章のフーガへ。趣味の佳さがすみずみまで行き届いたこの企画を締めくくるにふさわしい、洒落た“ピリオド”だった。

 

澤谷夏樹〔さわたに・なつき〕
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。2003年より音楽評論活動を開始。2007年度柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。2011年度柴田南雄音楽評論賞本賞受賞。著書に『バッハ大解剖!』(監修・著)、『バッハおもしろ雑学事典』(共著)、『「バッハの素顔」展』(共著)。日本音楽学会会員、 国際ジャーナリスト連盟(IFJ)会員。

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:渡辺真知子さん「幼稚園のころ、歌詞の意味もわからず涙を流しながら歌っていたのを覚えています」

6869views

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.3

音楽ライターの眼

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.3

2721views

Venova(ヴェノーヴァ)

楽器探訪 Anothertake

スタイリッシュで斬新なデザイン。思わず吹いてみたくなるカジュアル管楽器「Venova(ヴェノーヴァ)」の誕生

9756views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

2925views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:若き天才ドラマー川口千里がエレキギターに挑戦!

10563views

仁宮裕さん

オトノ仕事人

アーティストの音楽観を映像で表現するミュージックビデオを作る/映像作家の仕事

13505views

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツメモリアル

ホール自慢を聞きましょう

武満徹の思い「未来への窓」をコンセプトに個性的な公演を/東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル

13377views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7045views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

9650views

われら音遊人

われら音遊人:大学時代の仲間と再結成大人が楽しむカントリー・ポップ

4101views

山口正介 Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

マウスピースの抵抗?音切れ?まだまだ知りたいことが出てくる、そこが面白い

5524views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

9401views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

12916views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

21378views

音楽ライターの眼

ブルース・ホーンズビーが“スパイク・リー三部作”で新たなる飛躍へ

1909views

オペラ劇場の音楽スタッフの仕事 - Web音遊人

オトノ仕事人

舞台上の小さなボックスから指揮者や歌手に大きな安心を届ける/オペラ劇場の音楽スタッフの仕事(後編)

12873views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

5415views

懐かしのピアニカを振り返る

楽器探訪 Anothertake

懐かしのピアニカを振り返る

16198views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

8403views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

7794views

知って得する!木製楽器の お手入れ方法

楽器のあれこれQ&A

木製楽器に起こりやすいトラブルは?保管やお手入れで気を付けること

20574views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6345views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24449views