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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase49)ドヴォルザーク「交響曲第1番」、呼応し合う憧れと郷愁、ズロニツェの鐘と新世界
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2025.6.11
tagged: クラシック名曲 ポップにシン・発見, ドヴォルザーク, 音楽ライターの眼
アントニン・ドヴォルザーク(1841~1904年)は生前5曲しか交響曲を出版しなかった。最後の「交響曲第9番ホ短調Op.95《新世界より》」もかつては第5番だった。紛失したといわれていたのが「交響曲第1番ハ短調Op.3《ズロニツェの鐘》」。1923年に総譜が発見された。管弦楽法を独学したドヴォルザーク23歳の作だ。「第1番」には新世界への憧れがあり、新世界にはズロニツェへの郷愁がある。「第9番」と呼応する「第1番」を聴こう。
ドヴォルザークはボヘミア(現チェコ)のネラホゼヴェス村で精肉店と旅館を営む家庭の長男として生まれた。家業を継ぐため修業に出されたのがズロニツェという町。そこで彼は父の事業を広げるためにドイツ語を学ぶが、開花したのは音楽の才能だった。オルガンと指揮、作曲も手掛けるドイツ語教師アントニン・リーマンから彼は音楽の手ほどきを受けた。ズロニツェの教会の鐘を聞きながら13歳の少年は音楽家になる夢を抱いた。
やがて彼の父はズロニツェにある居酒屋兼旅館の経営権を取得し、一家でこの町に移り住む。父は長男に家業を継がせたかったが、リーマンの勧めでドヴォルザークはプラハのオルガン学校に2年間通った。卒業後はオーケストラのヴィオラ奏者になり、1865年に「交響曲第1番ハ短調」を作曲。ドイツのコンクールに提出し落選。総譜が紛失し生前演奏されることはなかったが、ドヴォルザークは最初に書いた交響曲がハ短調だったと語っていた。
1923年、「交響曲第1番」の総譜が見つかった。黒沼ユリ子著「ドヴォルジャーク―その人と音楽・祖国」(冨山房インターナショナル)によると、プラハ・カレル大学の東洋学研究者ルドルフ・ドヴォルザークが、血縁でもない同姓の人が作曲した交響曲という理由で興味を持ち、留学先の独ドレスデンの古書店でかつて購入した総譜だった。ルドルフの死後、その遺品がプラハの古書店の棚から発見されたという。
「交響曲第1番」の初演はブルノにて1936年、ミラン・ザックス指揮ブルノ国立劇場管弦楽団による。総譜の出版は1961年。レコーディングにはイシュトヴァン・ケルテス指揮ロンドン交響楽団(1966年、デッカ)をはじめ、ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1973年、ドイツ・グラモフォン)、オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1979年、ドイツ・シャルプラッテン)などの名盤がある。
第1楽章を聴けば「ドヴォルザークは最初からドヴォルザーク節だった」と分かる。作曲法を正規に学んだことがなく、ベートーヴェンの「交響曲第5番ハ短調《運命》」を分析し、管弦楽法を独学して書いたのが同じハ短調の「交響曲第1番」。冒頭2分の2拍子の序奏はほとんどコード進行といった動機だ。コードネームでは「Cm-A♭-Cm-G-Fm-E♭-B♭-G」。ヴァイオリンとヴィオラがこれらの和音を弾く。
序奏のこの動機は困難に挑む勇壮な曲調であり、いかにもドヴォルザークらしい。主部のアレグロに入ると4分の3拍子に変わり、ピアニッシモで沈潜した最初の8小節は遠い鐘の音のように聴こえる。そこから威厳をもって雄大に上行する第1主題が生み出され、鬱屈しながらも挑戦的な交響ドラマへと発展していく。序奏の動機も第1主題も旋律というよりはコード進行に近い素描風だ。そこからもっと様々な旋律を描き出せそうである。
「交響曲第1番」第1楽章から思い浮かぶのは、「同9番《新世界より》」第1楽章のやはり雄大に上行し下行する第1主題だ。作曲家の池辺晋一郎は著書「ドヴォルザークの音符たち」(音楽之友社)で、前の音が短くて後続の音が長い非西欧的リズムを含む主題と指摘している。このリズムは黒人霊歌に似ている歌謡風の小結尾主題にも登場する。ズロニツェの青春が新世界に直結するのだ。
新世界の米国で黒人霊歌に出合う前に、非西欧的リズムは彼の「スラブ舞曲集」に登場するスラブ諸族のフリアントやオドゼメックなどの舞曲に内包されていた。ベートーヴェンを手本にした「交響曲第1番」ではドイツ流の厳格な構成感が前面に出るが、素描風の主題からはのちの民族的傑作群が聴こえる。ドイツ語の習得に苦労したチェコ人ドヴォルザークはチェコ国民楽派として独自の音楽を生み出す。「交響曲第1番」はその原点である。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー兼日経広告研究所研究員。早稲田大学商学部卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。日経文化事業情報サイト「art NIKKEI」にて「聴きたくなる音楽いい話」を連載中。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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