Web音遊人(みゅーじん)

2人の名手だからこそなしえた“大人の音楽”/マイケル・コリンズ クラリネット・リサイタル -小川典子(ピアノ)とともに-

フィルハーモニア管弦楽団で長らく首席クラリネット奏者を務め、現在はソロや室内楽、さらに指揮者としても活躍する巨匠マイケル・コリンズ。今回は彼の盟友で、国際派ピアニストとしてもおなじみの小川典子による豪華デュオが、2022年8月13日、ヤマハホールで実現した。

演奏されたのは、2019年に彼らが録音した名盤『パリのクラリネット』の収録曲が中心で、いずれも19世紀後半以降のフランスで書かれた傑作。さらに、その合間や締めにコリンズの母国イギリスの現代作品も配置することで、多様性と緊密性とが巧みにバランスした構成になっていた。

前半冒頭のヴィドール『序奏とロンド』は、パリ音楽院の卒業試験用作品ということもあり、歌心と技巧の調和が求められる。速いパッセージからロマンティックな旋律へと歌い継いでゆく変奏を、2人は実に悠々と見通しよく紡いでいた。

続くフィンジ『5つのバガテル』は、イギリスの自然や童話などを想わせる5つの小品。第1曲『前奏曲』の清々しい駆け上がりや、第5曲『フゲッタ』の弾むようなパッセージでコリンズが見せた技巧的な完璧さは圧巻の一言に尽きた。だが、それ以上にみごとだったのは、中間の3曲における甘美な歌の数々。中でも、第2曲『ロマンス』でコリンズと小川と歌い交わした、青春時代のほろ苦い恋愛の回想に心を打たれた聴き手は多かったことだろう。

この作品に続いて演奏され、前半を締め括ったのが、プーランクのソナタ。作曲者の死の前年に書かれ、親交の深かった作曲家オネゲルの墓前に捧げられた名曲だ。ふざけ合うような楽想から、ふとした瞬間にしみじみと悲しいメロディに変わり、その交錯によって充実したひとときが流れてゆく。それを聴き終えた後に残る不思議な郷愁は、2人の名手にしかなしえない“大人の音楽”の賜物だったと思う。

休憩を挟んだ後半は、ドビュッシー『クラリネットのための第1狂詩曲』から。クラリネットの魅力である甘美な音色が、半音階的な動きなどにより繊細極まりない変化を見せながら、最後は揺るぎない音像となって結ばれる。そんな超のつく難曲を、コリンズは一筆書きのような遊び心としなやかさで描き切っていたのが素晴らしかった。

この後のサン=サーンスのソナタでは、第1楽章ののびのびとした牧歌、第2楽章の鮮やかな跳躍、第3楽章の重厚なコラール、第4楽章の快活なフィナーレという多彩な流れの中でも決して失われなかった、2人の澄み切った音色と音楽性が秀逸。

そして、トリを飾ったアーノルドのソナチネの第1楽章と第3楽章でも、2人が前曲で見せた切れ味の鋭さを継承しつつ、次第にパワーアップまでさせてみせる。その神業的な歩みは、ゆったりとした中にも切れ味鋭い所作で茶を点てたという茶人・千利休の姿に重なるものがあり、終演後は、彼が伊達政宗に語ったと伝えられる「相手に殺されてもよいという覚悟で臨むのが茶でございます」という言葉を思い出していた。

 

渡辺謙太郎〔わたなべ・けんたろう〕
音楽ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業。音楽雑誌の編集を経て、2006年からフリー。『intoxicate』『シンフォニア』『ぴあ』などに執筆。また、世界最大級の音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のクラシックソムリエ、書籍&CDのプロデュース、テレビ&ラジオ番組のアナリストなどとしても活動中。

photo/ Ayumi Kakamu

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:マキタスポーツさん「オトネタ作りも、音楽に関わるようになったのも、佐野元春さんに出会ったことから始まっています」

9643views

音楽ライターの眼

連載14[多様性とジャズ]傑作『ミンガス・アー・アム』に包括された3つの特色

2811views

【楽器探訪 Another Take】演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

楽器探訪 Anothertake

演奏に集中できるストレスフリーのキイメカニズム

7626views

楽器のあれこれQ&A

いまさら聞けない!?エレクトーン初心者が知っておきたいこと

32950views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8795views

アカネキカク akaneさん

オトノ仕事人

楽曲のイメージをもとに、ダンスの振りを考え、演出をする/振付師の仕事

4179views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

31277views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

8351views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

22284views

Leon Symphony Jazz Orchestra

われら音遊人

われら音遊人:すべての楽曲が世界初演!唯一無二のジャズオーケストラ

2770views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.7

パイドパイパー・ダイアリー

最初のレッスンで学ぶ、あれこれについて

5790views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35901views

桑原あい

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目の若きジャズピアニスト桑原あいがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

17390views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

27053views

Deviation Street: High Times In Ladbroke Grove 1967 - 1975

音楽ライターの眼

ノッティングヒルの恋人もビックリ。オムニバス『Deviation Street』で歩む英国アンダーグラウンド音楽の“逸脱した道のり”

2369views

音や音楽の“聴こえ”をサポートし、豊かな人生を届ける/補聴器を世の中に広める仕事

オトノ仕事人

音や音楽の“聴こえ”をサポートし、豊かな人生を届ける/補聴器を世の中に広める仕事

4691views

みどりの森保育園ママさんブラス

われら音遊人

われら音遊人:子育て中のママさんたちの 音楽活動を応援!

8486views

STAGEA(ステージア)ELB-02 - Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

見ているだけでわくわくする!弾きたい気持ちにさせるエレクトーン

8783views

紀尾井ホール

ホール自慢を聞きましょう

専属の室内オーケストラをもつ日本屈指の音楽ホール/紀尾井ホール

18470views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7685views

楽器のあれこれQ&A

エレクトーンについて、知っておきたいことや気をつけたいこと

28658views

こどもと楽しむMusicナビ

オルガンの仕組みを遊びながら学ぶ「それいけ!オルガン探検隊」/サントリーホールでオルガンZANMAI!

10723views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

12338views