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【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#063 好調時の天才が遺してくれた脱スウィングのエッセンス~バド・パウエル『ジャズ・ジャイアント』編
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2025.6.17
tagged: 音楽ライターの眼, ジャズの“名盤”ってナンだ?, バド・パウエル
ビバップのオリジネーター、バド・パウエルの“全盛期”を伝える、数少ない作品のひとつです。
本作収録時(1949~50年)、バド・パウエルは24〜25歳。1966年に41歳で亡くなる彼のキャリアを考えると、20代半ばが“全盛期”というのもおかしいのかもしれませんが、差別による暴力沙汰やアルコール依存、麻薬禍、そして精神疾患と、次々に降りかかる“不運”によって音楽活動が大きく制限されていた彼にとって、その才能を100パーセント発揮できる機会は少なかったというのが実状でした。
しかし、私たちは現在、本作のような貴重な音源があるから、漠然と“ジャズ”と呼ばれていたエンタテインメント・ミュージックにビバップというロジカルなエッセンスを融和させて破綻なくパフォーマンスすることのできた“天才”の偉業を、しっかりと鑑賞することができるのです。
ジャズの“景色”を塗り替えてしまった圧倒的な演奏を楽しみながら、その“スゴさ”の理由を探ってみましょう。
1949年と1950年にニューヨークのスタジオでレコーディングされた作品です。
オリジナルは1950年にリリースされた2枚の10インチLP盤で、これをカップリングして1956年にA面6曲B面7曲収録の1枚のLP盤に仕立てたものが本作になります。同曲数同曲順でCD化されているほか、カセットテープのヴァージョンもあります。
メンバーは、ピアノがバド・パウエル、ベースがレイ・ブラウン(A面収録の6曲)とカーリー・ラッセル(B面収録の7曲)、ドラムスがマックス・ローチです。
収録曲は、バド・パウエルのオリジナルが5曲、そのほかはジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーです。
前述のように度重なる“不運”に見舞われ好不調の波に激しさを増していったバド・パウエルにとって、“好調”なときの演奏が記録されていることが、本作が“名盤”である大きな理由です。
冒頭の『テンパス・フュージット』からエンジン全開で疾走する彼のピアノは、ストライドなどスウィングのスタイルを取り入れながらも、複雑なコード進行にも堪える超高速の右手のシングル・レガートでメロディを処理することによって、曲の表情を多彩なものにしています。
そのバランス感覚が優れていたからこそ、ただ上手なだけのピアニストではなく、ジャズの次代を担うに足る逸材だと当時のシーンが認め、その軌跡を追おうとしたのでしょう。
改めて全盛期のバド・パウエルを聴いてみると、その正確無比なタイム感に驚かされます。装飾音のように並べられる64分音符もタッチが均一なため、すべてがメロディとの関連性を保ち、曲全体のストーリー性を高める効果を発揮している──といった演奏になっていることが伝わってきます。
そのタッチの正確さがゆったりとしたテンポの曲にも効いていて、情感を損ねることなく叙情的な印象を生み出しているのです。
バド・パウエルの左手は、主にブロック・コードを用いてメロディにアクセントを付け加えていると指摘されていますが、じっくり聴いてみるとそのアクセントもスウィンギーな曲調にするためのアフタービートではなく、正確なタッチで繰り出されるため、曲全体の印象を旧来のスウィング・スタイルとは異なるものにしていることに気づきます。
つまり、バド・パウエルの高速連射砲のような右手も、それをサポートする左手も、旧来のジャズでは表現できない“新たなサウンド”をめざしていた──だからこそ本作は、天才の好調時の貴重な音源というだけではない内容の“名盤”になったのだと思います。
富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ/富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook
文/ 富澤えいち
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