Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#063 好調時の天才が遺してくれた脱スウィングのエッセンス~バド・パウエル『ジャズ・ジャイアント』編

ビバップのオリジネーター、バド・パウエルの“全盛期”を伝える、数少ない作品のひとつです。

本作収録時(1949~50年)、バド・パウエルは24〜25歳。1966年に41歳で亡くなる彼のキャリアを考えると、20代半ばが“全盛期”というのもおかしいのかもしれませんが、差別による暴力沙汰やアルコール依存、麻薬禍、そして精神疾患と、次々に降りかかる“不運”によって音楽活動が大きく制限されていた彼にとって、その才能を100パーセント発揮できる機会は少なかったというのが実状でした。

しかし、私たちは現在、本作のような貴重な音源があるから、漠然と“ジャズ”と呼ばれていたエンタテインメント・ミュージックにビバップというロジカルなエッセンスを融和させて破綻なくパフォーマンスすることのできた“天才”の偉業を、しっかりと鑑賞することができるのです。

ジャズの“景色”を塗り替えてしまった圧倒的な演奏を楽しみながら、その“スゴさ”の理由を探ってみましょう。


Tempus Fugit

アルバム概要

1949年と1950年にニューヨークのスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルは1950年にリリースされた2枚の10インチLP盤で、これをカップリングして1956年にA面6曲B面7曲収録の1枚のLP盤に仕立てたものが本作になります。同曲数同曲順でCD化されているほか、カセットテープのヴァージョンもあります。

メンバーは、ピアノがバド・パウエル、ベースがレイ・ブラウン(A面収録の6曲)とカーリー・ラッセル(B面収録の7曲)、ドラムスがマックス・ローチです。

収録曲は、バド・パウエルのオリジナルが5曲、そのほかはジャズ・スタンダード・ナンバーのカヴァーです。

“名盤”の理由

前述のように度重なる“不運”に見舞われ好不調の波に激しさを増していったバド・パウエルにとって、“好調”なときの演奏が記録されていることが、本作が“名盤”である大きな理由です。

冒頭の『テンパス・フュージット』からエンジン全開で疾走する彼のピアノは、ストライドなどスウィングのスタイルを取り入れながらも、複雑なコード進行にも堪える超高速の右手のシングル・レガートでメロディを処理することによって、曲の表情を多彩なものにしています。

そのバランス感覚が優れていたからこそ、ただ上手なだけのピアニストではなく、ジャズの次代を担うに足る逸材だと当時のシーンが認め、その軌跡を追おうとしたのでしょう。

いま聴くべきポイント

改めて全盛期のバド・パウエルを聴いてみると、その正確無比なタイム感に驚かされます。装飾音のように並べられる64分音符もタッチが均一なため、すべてがメロディとの関連性を保ち、曲全体のストーリー性を高める効果を発揮している──といった演奏になっていることが伝わってきます。

そのタッチの正確さがゆったりとしたテンポの曲にも効いていて、情感を損ねることなく叙情的な印象を生み出しているのです。

バド・パウエルの左手は、主にブロック・コードを用いてメロディにアクセントを付け加えていると指摘されていますが、じっくり聴いてみるとそのアクセントもスウィンギーな曲調にするためのアフタービートではなく、正確なタッチで繰り出されるため、曲全体の印象を旧来のスウィング・スタイルとは異なるものにしていることに気づきます。

つまり、バド・パウエルの高速連射砲のような右手も、それをサポートする左手も、旧来のジャズでは表現できない“新たなサウンド”をめざしていた──だからこそ本作は、天才の好調時の貴重な音源というだけではない内容の“名盤”になったのだと思います。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:藤井フミヤさん「音や音楽は心に栄養を与えてくれて、どんなときも味方になってくれるもの」

14384views

リトル・リチャード

音楽ライターの眼

ロックンロール創造主リトル・リチャードの音楽と人生を追うドキュメンタリー映画『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』が公開

2917views

【楽器探訪 Another Take】人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

楽器探訪 Anothertake

人気のカスタムサクソフォンが13年ぶりにモデルチェンジ

13486views

エレキベース

楽器のあれこれQ&A

エレキベースを始める前に知りたい5つの基本

10014views

大人の楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:クラシック・サクソフォン界の若き偉才、上野耕平がチェロの体験レッスンに挑戦

13221views

梶望さん

オトノ仕事人

アーティストの宣伝や販売促進など戦略を企画して指揮する/プロモーターの仕事

13591views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

20355views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

12462views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13519views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2144views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

いまやサクソフォンは趣味となったが、最初は映画音楽だった

7510views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28208views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12285views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

13519views

ココ・モントーヤ

音楽ライターの眼

ブルースを次世代に受け継ぐギタリスト、ココ・モントーヤの濃厚過ぎるサウンド

2075views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

14982views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

6663views

82Z

楽器探訪 Anothertake

アンバー仕上げが生む新感覚のヴィンテージ/カスタムサクソフォン「82Z」

8673views

HAKUJU HALL(白寿ホール)

ホール自慢を聞きましょう

心身ともにリラックスできる贅沢な音楽空間/Hakuju Hall(ハクジュホール)

27035views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6553views

EZ-310

楽器のあれこれQ&A

初めての鍵盤楽器を楽しく演奏して上達する方法

2280views

こどもと楽しむMusicナビ

サービス精神いっぱいの手作りフェスティバル/日本フィル 春休みオーケストラ探検「みる・きく・さわる オーケストラ!」

11223views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

28208views