Web音遊人(みゅーじん)

連載25[ジャズ事始め]ジャズ・メッセンジャーズの初来日が日本のジャズ・シーンの空気感を一変させた

1961年1月、穐吉敏子は5年ぶりに日本の土を踏みしめていた。ある音楽事務所の招きで帰国公演を行なうためである。

バークリー音楽大学在学中から演奏活動を始め、卒業後も帰国せずにニューヨークへ拠点を移して精進を重ねていた彼女を突き動かしていたのは、留学を経て学んだひとつの想いだった。それは、「それまで物真似で済んでいた私はそれを越えて、自己の物、自分の癖のあるジャズの『言葉』を培わねば何の意味もないという、極めて当たり前のこと」(引用:「NHK人間講座 私のジャズ物語」日本放送出版協会)。

1961年の時点で、彼女のこの想いはまだ“成就していた”とは言えず、志半ばだったようだ。しかし、バークリー音楽大学の教授も務めるアルト・サックス奏者のチャーリー・マリアーノと結婚し、“ジャズの本場”とされるニューヨークでトシコ=マリアーノ・クァルテットを結成して活動、アルバムもリリースしているというニュースとともに凱旋した彼女を母国は好意的に受け容れ、「運良く、六週間という長期間の演奏旅行は上手くいったようです」(引用:同前)という感想を記している。

穐吉敏子の渡米が“箔を付けるため”であったなら、目的は十分に遂げたのだから、そのまま日本での活動基盤を築いていただろうに、彼女はそうすることなくアメリカへと帰って行く。

理由は前述の“志半ばであった”からというわけなのだけれど、彼女がこだわっていた“物真似ではないジャズ”への追究心が、この訪日を機にさらに高まったのではないかとも推測されるのだ。

実は、穐吉敏子の凱旋と時を同じくして、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズが来日、その熱狂が日本全土へと広がったことも、彼女の“物真似ではないジャズ”への追究心を燃え立たせたことは想像に難くない。

1961年1月1日、ドラマーのアート・ブレイキー率いる一行が東京・羽田空港に降り立った。夜10時の到着だったにもかかわらず熱狂的なファンが出迎えたというから、その注目度の高さがうかがえる。

1月2日から15日までの2週間、東京、大阪、神戸を会場に行なわれた計15ステージが日本のジャズ・シーンに与えた影響は、一気にそれまでの流れを変えるほど大きかった。

当時、日本でアメリカの最先端のジャズ情報に触れるにはレコードに頼るしかなく、その輸入盤も入ってくるのは半年から1年遅れで、国内盤の発売を待っていたら数年先になってしまうこともあったらしい。

そうした状況だったから、ジャズ・シーンの次世代を担うと目された代表的なバンドの生演奏に触れることができるこの来日が、日本の先取的な人たちのあいだでも噂になっていて、瞬く間に“ジャズ発展途上国”だった日本全土でブームを巻き起こしたのもむべなるかな。

その空気感の変化を感じ取ったことで、穐吉敏子はアメリカへ戻り、渡辺貞夫も留学を決断したのではないか──という展開へ続けたい。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人

今月の音遊人:下野竜也さん「自分を楽しく表現できれば、誰でも『音で遊ぶ人』になれると思います」

3632views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#007 ジャズの流れを変える予兆を秘めたホットなのにクールなライヴ盤~ウェス・モンゴメリー『フル・ハウス』編

1641views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

24922views

楽器のあれこれQ&A リコーダー

楽器のあれこれQ&A

リコーダーを長く楽しむためのお手入れ方法

10100views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

11186views

一瀬忍

オトノ仕事人

ピアノとピアニストの絆を築く、アーティストリレーションの仕事

4256views

ホール自慢を聞きましょう

地域に愛される豊かな音楽体験の場として京葉エリアに誕生した室内楽ホール/浦安音楽ホール

10955views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14552views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10453views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

5822views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

5956views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26247views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

10582views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

見るだけでなく、楽器の音を聴くこともできる!

14288views

音楽ライターの眼

クシシュトフ・ペンデレツキ(1933 – 2020)追悼と映画音楽への貢献

7158views

小見山優子さん

オトノ仕事人

ゲーム音楽は勝ってはいけない、負けてはいけない。大切なのは調和──/ゲームコンポーザーの仕事

1228views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:音楽は和!ひとつになったときの達成感がいい

6058views

NU1XA

楽器探訪 Anothertake

アコースティックピアノを演奏する喜びをもっと身近に。アバングランド「NU1XA」

3271views

アクトシティ浜松 中ホール

ホール自慢を聞きましょう

生活の中に音楽がある町、浜松市民の音楽拠点となる音楽ホール/アクトシティ浜松 中ホール

15049views

パイドパイパー・ダイアリー

パイドパイパー・ダイアリー

泣いているのはどっちだ!?サクソフォン、それとも自分?

6145views

アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

アコースティックギターの保管方法やメンテナンスのコツ

5418views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6332views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

31152views