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今月の音遊人:横山剣さん「音楽には、癒やしよりも刺激や興奮を求めているのかも」
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フランス映画音楽に魔法の粉を振りかけてきた作曲家の人生を追う映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』が公開
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2025.7.17
tagged: 音楽ライターの眼, ミシェル・ルグラン, ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家
映画『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』が2025年9月19日(金)から全国順次公開される。
ミシェル・ルグラン(1932-2019)は『シェルブールの雨傘』(1963)『ロシュフォールの恋人たち』(1967)のテーマ曲、『華麗なる賭け』(1968)の主題歌『風のささやき』など、映画音楽の名曲の数々で知られる作曲家。だが彼はそれに留まることなく、ジャズ・ピアニスト、ソンガー、ステージ・パフォーマーでもあった。いずれもトップ・クオリティの才能を持っていた彼の音楽は世代も国籍も超えて愛され、本作でインタビューを受けているスティングは「20世紀フランスで5本の指に入る音楽家」と讃えている。
デヴィッド・ヘルツォーク・デシテス監督・脚本による本作はルグランの生前のインタビューやライヴ演奏、オフショットなどを交えながら、その音楽と人間像・アーティスト像を掘り下げていく。
パリに生まれ育った彼は父親の愛情を知らず育ち(作曲家・指揮者だった父親から影響を受けていないわけがないが「特にない」とそっけない)、パリ国立高等音楽院で学ぶ。1947年、ディジー・ガレスピーのパリ公演でジャズと出会った彼は魅了され、本格的にジャズ・ミュージシャンの道を進むことになった。彼は1956年にジャズの“本場”アメリカを訪れ、主に編曲家として活動。その傍らでマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンとの共演も果たしている。
ルグランにとって大きなターニング・ポイントとなったのが映画音楽への転向だった。1950年代から映画スコアを手がけてきた彼だが、1960年代にヌーヴェル・ヴァーグの時代が到来。アメリカ仕込みのジャズ・テイストとシックなセンスを併せ持った彼のスタイルは熱狂的に迎えられる。ジャン=リュック・ゴダール監督の『女は女である』(1960)や“最強コンビ”といわれたジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』など、次々と代表作を手がけていった。
『華麗なる賭け』はヘンリ−・マンシーニが多忙だったため紹介された案件だったが、ルグランにとってハリウッド進出作となり、『風のささやき』が大ヒット、アカデミー賞の主題歌賞を獲得している。
本作でルグランの軌跡を彩るのは、さまざまな関係者たちとの交流だ。奥方のマーシャ(『サスペリアPART 2』<1975>などに出演した女優でもある)へのインタビュー、カトリーヌ・ドヌーヴの「野外で(彼の)音楽が聞こえればパーティーになる」というコメント、『愛のイエントル』(1983)で主演したバーブラ・ストライサンドのインタビュー、クインシー・ジョーンズやナナ・ムスクーリとのフッテージなどを見ることができる。

ミシェル・ルグランとバーブラ・ストライサンド。
日本関連のフッテージも多く収録されているのが嬉しい。1965年、パリで姫由美子・高英男が『シェルブールの雨傘』を日本語でデュエットするセッションに参加したり、1992年の来日公演ステージにおいて「どうぞ舞台に上がってきてください」と日本語で語るシーンもある。残念ながら実写版『ベルサイユのばら』(1979)への言及はないものの、日仏合作のTVアニメ・シリーズ『銀河パトロールPJ Il était une fois… l’Espace』(1982)についてはしっかり触れている。
なおアニメといえば、スマーフ物の劇場アニメ作『La Flûte à six schtroumpfs』(1976)を手がけたことも本作で語られている。
ルグラン本人は亡くなってしまったが、遺族が公認、多くの関係者が協力している“オフィシャル”ドキュメンタリーである本作。それでも彼を聖人君子のように扱うことはなく、その人間らしさに焦点を当てている。『愛と哀しみのボレロ』(1981)を監督したクロード・ルルーシュは「殴ってやろうかと思った。他人を悪く言うのは許せない」と発言している。ただ、自分の誤りを認めたルグランはすぐに謝罪するなど、遺恨を残すことのない人柄だったことが判る。また晩年のリハーサル・フッテージでスタッフに「クソッ!merde!」と怒鳴りつけるなど、自分に厳しく他人にも厳しいところを見せている。
2018年7月にブルーノート東京で来日公演も行ったルグランは元気な姿と演奏でファンを喜ばせたが、それから体調が悪化。ラスト・コンサートとなった12月のパリ公演にかなりの時間が割かれているが、1人で歩くこともおぼつかない彼が最後の力を振り絞って指揮棒を振り、ピアノを弾く彼の姿が収められている。その音楽人生のグランド・フィナーレは決して華々しいものではないが、彼の生きざまを見せつけるものだ。彼はその翌月、2019年1月26日に86歳で亡くなっている。
数々の映画に魔法の粉を振りかけてきたルグランの音楽。『ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家』は銀幕を飛び出し、我々の日常にマジックをかけてくれる作品だ。

2025年9月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
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文/ 山崎智之
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