今月の音遊人
今月の音遊人:五条院凌さん「言葉で表現するのが苦手な私でも、ピアノなら自分の感情を、音を通して表現できる」
10775views

雅楽器・笙が奏でる新しい世界への扉となるアルバム『阿 A』『吽 UN』/カニササレアヤコ インタビュー
835views
2025.8.20
雅楽芸人、ロボットエンジニア、そして東京藝術大学の学生と、多彩な顔をもつカニササレアヤコ。平安の雅楽器である笙の美しさと可能性を追求した待望の初アルバム『阿 A』『吽 UN』について話を聞いた。
平安時代を思わせる狩衣を身にまとい、雅楽器である笙をおごそかに奏でながら飄々としたネタを披露する。この人は一体……?一目見ただけでも強烈なインパクトを残すお笑い芸人がカニササレアヤコである。2018年にピン芸人のナンバー1決定戦とも称される「R-1グランプリ」のファイナリストとなって以降、着実にお笑いの道を歩む一方で、ロボットエンジニアとして勤務を続ける多才ぶり。加えて、2022年には東京藝術大学音楽学部邦楽科に進学し、雅楽の学び直しに励む学生でもある。これぞ三刀流と呼びたくなる人物だ。
「いろいろと手を出しては収拾がつかなくなりがちだったんですけど、それが段々とまとまってきて、現在につながっているように思います。結果論ですが、一本軸でないところが今の私の強みなのかもしれません」
そんなカニササレアヤコと音楽との出会いは4歳だったと言う。

「2人の兄がヤマハ音楽教室に通っていて、なら私も、ということでピアノを始めました。以来、ずっとピアノは弾き続けていますし、ヤマハのレッスンで身についた力が藝大の受験にも役立ったと思います」
小学生時代には、伯母の影響でタンゴが好きになり、アストル・ピアソラの『リベルタンゴ』を繰り返し聴いていたそうだ。その後も、アルトサックスやバイオリンなどさまざまな楽器に親しみ、高校卒業後に進学した早稲田大学ではアルゼンチンタンゴの演奏サークルで活動していた。
これとほぼ同時期に、現在の相棒とも呼べる笙と出会う。
「もともと、母が趣味で篳篥(ひちりき)を演奏していて、一緒に雅楽を聴きに行ったりするうちに、私は笙が好きだな、ちょっとやってみたいな……と。それで、大学に入るとき母にプレゼントしてもらいました」
笙を実際に演奏してみると「なんて現代的でおもしろい楽器なんだ」と感じたそう。
「まず、管楽器なのに同時に複数の音が出せるところに驚きましたね。笙独特の『ファ~~~』という音の響きは、竹管の指孔を5~6つ同時に押さえて鳴らす合竹(あいたけ)という和音なのですが、作曲家のドビュッシーは合竹の要素を自分の作品に取り入れたのではないかとも言われています。時代や東洋・西洋の関係なく、斬新で現代的な楽器だと思います」
そんなカニササレアヤコによる初めてのアルバム『阿 A』と『吽 UN』の2作品が2025年8月22日に同時リリースされる。構想2年、満を持しての発売である。
「ずっと頭の片すみにありつつも、本腰を入れて準備を始めたのは藝大に入ってからです。それまでは自分自身を音楽家として見られなかったんですが、そこで覚悟が決まったというか、ひとりの音楽家としてもやっていこうと思えるようになりました」
今回の2作品を表すると「動と静」とも言えるだろう。『阿』には、アルゼンチンタンゴやミニマルミュージックのほか、『笙のケチャ』といったカニササレアヤコのオリジナル曲など動きのある作品を収録。笙がもつ音色のバリエーションや響きの豊かさ、運動性を余すことなく活用した楽曲は、笙の固定観念を覆すはず。
一方の『吽』には、グレゴリオ聖歌やバッハの『G線上のアリア』など厳かで静謐な楽曲が収められており、雅楽器である笙の美しい音の重なりを堪能できる。中でもドビュッシーの『月の光』は、カニササレアヤコが笙とピアノをそれぞれ演奏、多重録音した作品で、「天から差し込む光」とも言われる笙の音の魅力が十二分に表現されている。
そして、これまた印象的なアルバムジャケットは新進気鋭の画家でありアーティストの真田将太朗の手によるものだ。
「今作の収録曲を私が演奏し、それを聴きながらライブペインティングしていただきました。顔にもペイントしてもらって、それぞれアルバムの個性が際立つジャケットになったと思います」

リリースにあたって「まずは笙という楽器のおもしろさや美しさに気づいてほしい」と言う。
「雅楽や雅楽器と聞くと、格式が高くて近寄りがたいイメージが強いと思います。でも、そこで舞われたり演奏されたりしている内容は、くすっと笑えたり、かわいらしかったり、そう思うと愛憎渦巻くどろどろした世界だったり、意外とエンターテインメント性に富んでいて身近に感じるテーマも多いんです。このアルバムがそういった新しい世界への入口になればいいなと思いますし、笙という楽器に興味をもつきっかけになったなら、さらにうれしいですね」
笑いと芸術、伝統と革新、それぞれを自在に行き来するカニササレアヤコが奏でる笙の音は、どこか懐かしく、けれど今までになく新しい。そんな不思議な余韻を残してくれるアルバムなのだ。


発売元:KANISASARE RECORDS
発売日:2025年8月22日
料金(税込):各2,750円
詳細はこちら
![]() |
![]() |
![]() |
文/ 髙内優
photo/ 宮地たか子
本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
tagged: 雅楽, カニササレアヤコ, 笙, インタビュー
ヤマハ音遊人(みゅーじん)Facebook
Web音遊人の更新情報などをお知らせします。ぜひ「いいね!」をお願いします!