Web音遊人(みゅーじん)

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#70 ジャズにもっと自由な“広がり”を与えたポップな前衛作品~チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァー『スペイン~ライト・アズ・ア・フェザー』編

洋楽=ロック好きから横展開してジャズに興味をもつようになったボクのようなものにとって、20世紀後半のジャズという音楽スタイルの中核をなしていた概念に“バンド”というイメージが希薄だったことが、まず意外であり新鮮でした。

もちろん、それぞれに固定化したメンバーはいたものの、それはかなり流動的で、どちらかといえばその流動性のほうを重視しているようなフシが多々見受けられていました。

ジャズを知るようになって、そうした“概念”が1960年代以前(ジャズの黄金期とされた時代)のものであることが“見えて”くると、70年代以降には必ずしも当てはまらないことに気づいたりもしていたのです。

ほぼ最初に、そうしたジャズの“違い”に関する“気づき”を与えてくれたのが、チック・コリアが率いていたリターン・トゥ・フォーエヴァー(以下RTF)でした。

バンドという意識は、ジャズのサウンドの組み立てが“セッション”から“アンサンブル”へとシフトチェンジしたことを意味すると考えているのですが、そこにこのチック・コリアの“バンド”がどう関わっているのかを考察してみましょう。


Spain

アルバム概要

1972年に英ロンドンのIBCスタジオでレコーディングされた作品です。

オリジナルはLP盤(A面3曲B面3曲の全6曲)でリリースされています。CD化は同曲数同曲順のほか、未収録テイクや別テイク10曲を加えた〈完全盤〉と題したヴァージョンもリリース。また、カセットテープ(LP盤と同曲数同曲順)や8トラック・カートリッジ・テープなどのヴァージョンもありました。

メンバーは、エレクトリック・ピアノがチック・コリア、テナー・サックスとフルートがジョー・ファレル、アコースティック・ベースとエレクトリック・ベースがスタンリー・クラーク、ドラムスとパーカッションがアイアート・モレイラ、パーカッションとヴォーカルがフローラ・プリムです。

収録曲は、オリジナル盤6曲のうち5曲がチック・コリアによる作曲、1曲がスタンリー・クラークによる作曲。詞をフローラ・プリムと詩人のネヴィル・ポッターが提供しています。

“名盤”の理由

チック・コリアがリターン・トゥ・フォーエヴァーを結成した件(くだり)は#035を参照ください。

本作はその第2弾という位置づけになります。

第1弾はドイツ(当時は西ドイツ)のレーベルECMからのリリースでしたが、本作はクラシック音楽の老舗レーベルであるドイツ・グラモフォンの傘下で、英国に本部を置いていたポリドールからのリリース。

ポリドールは、ビートルズやビージーズを世に送り出した実績のあるレーベルで、リターン・トゥ・フォーエヴァーもそうしたアンテナに引っかかったことからの契約だったと思われます。

それはつまり、ポリドールはリターン・トゥ・フォーエヴァーを米国のジャズ=アフリカン・アメリカン・ミュージックのファン向けにではなく、世界のポピュラー・ミュージック・シーンをターゲットにした英国発の“バンド”として売り出す狙いであったことを意味するのではないでしょうか。

その戦略が功を奏したからこそ、本作はポスト・ジャズの新たな潮流を生む原動力となったのだと思います。

いま聴くべきポイント

本作を“名盤”たらしめている大きな要因として、『スペイン』という曲の収録を挙げることができるでしょう。

20世紀のスペインの作曲家、ホアキン・ロドリーゴの手になるギター協奏曲『アランフェス協奏曲』第2楽章のテーマを用いたイントロダクションから、カーニヴァルを想起させるリズミックなブリッジ、そしてアドリブへと展開していきます。

『スペイン』は、(特にコンテンポラリー系の)ジャズのセッションで取り上げられる人気曲ですが、ブリッジの複雑なリズム・パターン(キメのフレーズ)を正確に把握しているかどうかが“ジャズの習熟度”を測るバロメーターになっているフシがあります。

それまで“ジャズの習熟度”を測るには、4拍子(フォービート)をいかに揺らすことができるか(グルーヴを表現できるか)など、テイストとかフィーリングといった曖昧な基準が用いられていたと思います。

そこでチック・コリアは、そうした“ジャズの習熟度”を深めるのではなく、スペインの作曲家によるクラシックの協奏曲やラテン音楽のリズムを取り入れて、“広げる”というコンセプトを試みたのではないか──。

この“広げる”という方法論は、調性や和音進行からの解放をめざしたフリージャズのカウンターとして、1970年代にムーヴメントを起こすことになります。

その起点として本作がめざした“広がり”を、改めて味わってみてください。

「ジャズの“名盤”ってナンだ?」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

ジェイク・シマブクロ

今月の音遊人

今月の音遊人:ジェイク・シマブクロさん「音のかけらを組み合わせてどんな音楽を生み出せるのか、冒険して探っていくのは楽しい」

10626views

音楽ライターの眼

【ジャズの“名盤”ってナンだ?】#048 モダン・ジャズの象徴的なスタイルを継承するための確信犯的序章~キース・ジャレット・トリオ『スタンダーズVol.1/Vol.2』編

1466views

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

楽器探訪 Anothertake

エレクトーンに新風を吹き込んだ「ステージア」

25448views

ギター

楽器のあれこれQ&A

ギター初心者のお悩みをズバリ解決!

1824views

おとなの 楽器練習記 須藤千晴さん

おとなの楽器練習記

【動画公開中】国内外で演奏活動を展開するピアニスト須藤千晴が初めてのギターに挑戦!

9359views

地代所悠/コントラバスヒーロー

オトノ仕事人

「コントラバスヒーロー」として音楽と三浦半島の魅力を伝える/音楽で活躍するご当地ヒーローの仕事

2514views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

15099views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7968views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

専門家の解説と楽器の音色が楽しめるガイドツアー

9419views

われら音遊人:Kakky(カッキー)

われら音遊人

われら音遊人:オカリナの豊かな表現力で聴いている人たちを笑顔に!

9285views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

5954views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11645views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ギタリスト木村大とピアニスト榊原大がトランペットに挑戦!

8343views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

21599views

マリア・カラス

音楽ライターの眼

『マリア・カラス 伝説の東京コンサート1974』が映像アップコンバート&最新リマスター音源で登場

7717views

オトノ仕事人

音楽をやりたい子どもたちの力になりたい/地域音楽コーディネーターの仕事

11462views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

11394views

Pacifica

楽器探訪 Anothertake

「自分の音」に向かって没入できる演奏性と表現力/エレキギター「Pacifica」

3477views

札幌コンサートホールKitara - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

あたたかみのあるデザインと音響を両立した、北海道を代表する音楽の殿堂/札幌コンサートホールKitara 大ホール

20096views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6481views

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

楽器のあれこれQ&A

楽器上達の心強い味方「サイレント™シリーズ」&「サイレントブラス™」

41682views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

7968views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

11645views