今月の音遊人
今月の音遊人:前橋汀子さん「同じ曲を何千回、何万回演奏しても、つねに新しい発見や見え方があるのです」
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スメタナの傑作、G線上の哀歌から流れ出す激情/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.9
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2023.2.24
ベドルジフ・スメタナが真に偉大な作曲家であることを実感した。2023年2月11日、ヤマハホールでの「徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサート Vol.9」。日本クラシック音楽界の至宝3人によるスメタナの『ピアノ三重奏曲ト短調作品15』の驚くべき名演である。徳永のバイオリンがG線上で哀歌を歌い、堰を切ったように激情が流れ始める。スメタナは人気の『モルダウ』を含む連作交響詩『わが祖国』だけではない。傑作が再発見された。
スメタナ唯一の『ピアノ三重奏曲』は、溺愛していた4歳の長女を猩紅熱で失った悲しみの中で書き始められ、長女の死から2か月半後の1855年11月に完成した。スメタナの生涯は不幸続きだ。3人の娘を亡くした後、妻にも先立たれる。後年、聴覚を失うなど、ベートーヴェンと同様、音楽家として最悪の苦難にも直面する。しかし薄幸の人生は石川啄木やゴッホのように彼の作品に私小説的な魅力を与える。近代的自我のドラマだ。「弦楽四重奏曲第1番ホ短調『わが生涯より』」をはじめ数少ない室内楽作品でその傾向が強い。『ピアノ三重奏曲』は彼の最初の金字塔といえる。
第1楽章冒頭、徳永が第1主題のG線上の哀歌を震える低音で歌い上げる。堤の厳正なチェロと、練木のシャープな響きのピアノが加わり、混然一体の激流があふれ出す。悲劇の幕開けだ。変ロ長調の第2主題に基づく凱歌が間歇的に噴き上がるのが印象深い。哀歌と凱歌が交錯し、人生の変転を鮮やかなコントラストで描く演奏は聴き手に衝撃を与える。
展開部のフガートでの対位法は見事だ。バイオリンとピアノが軍楽風を奏でる中、チェロが三連符で低音と高音の間を重厚にうねり歩く。運命と戦う勇猛果敢な響きはベートーヴェンやマーラーの交響曲に通じるが、多勢に無勢の三重奏だけに、一層痛ましくも感動的だ。
第2楽章スケルツォの中間部では、徳永がボヘミア風の旋律を緩急自在にロマンチックに鳴らす。速い曲なのに静かな午後の安らぎを思わせる。最後の第3楽章はト短調から同主調のト長調への転調が鮮やかで、スピード感のある明暗の点滅が魅力的だった。
同曲の前に演奏されたのがモーツァルトの『ピアノ三重奏曲第3番変ロ長調K.502』。練木の軽快なピアノが活躍し、徳永のバイオリンと堤のチェロがピアノに合いの手を入れる。息の合った闊達な三重奏は微笑ましい。最後はシューベルトの『ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調D898』。長い曲だけに厳正なテンポ運びで明快な造形をしても良かった。ただ、アンコールで再び第2楽章を演奏した際は、緩やかなテンポのピアノに導かれ、バイオリンとチェロが精緻なアンサンブルを披露した。
2015年より名演を重ねた同シリーズも来年2024年2月10日で第10回となる。ベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲第4番『街の歌』」、メンデルスゾーンとブラームスの『ピアノ三重奏曲第1番』を演奏予定。巨匠3人による新たな衝撃と発見を期待したい。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
日本経済新聞社メディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。専門誌での音楽批評、CDライナーノーツの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
photo/ Ayumi Kakamu
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tagged: 徳永二男, 音楽ライターの眼, 堤剛, 練木繁夫
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