Web音遊人(みゅーじん)

ジミ・ヘンドリックス

ジミ・ヘンドリックス“新作”『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』をエクスペリエンスせよ

ジミ・ヘンドリックスの“ニュー・アルバム”『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』が2018年3月に発表された。

1970年9月18日に27歳で亡くなったジミだが、生前に膨大な音源を残してきた。彼が信頼を置いていたエンジニア/プロデューサーのエディ・クレイマーは「ジミは少しでも時間があればスタジオで実験をしていた」と語っているが、ジョン・マクダーモット著『ジミ・ヘンドリックス/レコーディング・セッション1963-1970』に記された日ごとのスタジオ作業を見ると、ツアー中であってもロンドンのオリンピック・スタジオやニューヨークのレコード・プラントなどでレコーディングを行ってきた。1970年には自分が使うためにエレクトリック・レディ・スタジオを建てたものの、数週間しか使わずに亡くなってしまった。もし彼が生き続けていたらこのスタジオでどんな音楽が生まれていたのだろうと、猛烈なファンタジーをかき立てられる。

これまでジミの遺した音源はさまざまな形でリリースされてきたが、現在では遺族が設立した「エクスペリエンス・ヘンドリックス」が管理。マクダーモットやクレイマーの監修下で、系統立った発掘作業が行われている。1997年には生前のジミの発言やメモから、彼が構想していた“4作目のアルバム”を可能な限り忠実に再現した『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』が発表された。

そして『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』(2010)、『ピープル、ヘル・アンド・エンジェルズ』(2013)に続くスタジオ未発表音源集“三部作”の最終章としてリリースされたのが”『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』である。

1968年から1970年、ニューヨークのレコード・プラントでの未発表スタジオ音源を中心とした本作。唯一ロンドンのオリンピック・スタジオでの曲はインストゥルメンタル「スウィート・エンジェル」だ。ジミの死後「エンジェル」として発表されることになる曲の初期テイクで、あえて“レコード・プラント縛り”ルールを破ってまで収録したのも納得の極上ギター・プレイを聴くことができる。

本作にはジミのスタジオでの試行錯誤の軌跡が収められているが、ダラダラしたジャムはなく、全13曲と、きっちり完成されたテイクが並んでいる。マディ・ウォーターズの「アイム・ア・マン」、ギター・スリムの「シングス・アイ・ユースド・トゥ・ドゥ」(ジョニー・ウィンターとの共演!)などブルース・カヴァーも無駄のないソリッドな演奏だ。実際にはかなりラフなジャム音源も存在するそうだが、エディ・クレイマーは「延々と続く即興ジャムでなく、曲として楽しめるものを入れた」と語っている。

スティーヴン・スティルスが参加した「20ドル・ファイン」と「ウッドストック」も本作のハイライトだ。スティーヴンはジミの親しい友人であり、ミュージシャンとして尊敬しあう間柄で、ニューヨークでスケジュールが合うと“シーン・クラブ”で共演して、レコード・プラントでセッションを行っていたという。「ウッドストック」はジョニ・ミッチェルの書いた曲で、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングが『デジャ・ヴ』に収録する以前のヴァージョンだ。

なんと“三部作”すべてに「ヒア・マイ・トレイン・ア・カミン」が収録されているのも興味深い。いずれも1969年4月あるいは5月に録音されたものだが、それぞれアレンジやフィーリングがかなり異なっており、比べて聴くことで、この曲の魅力をさらに多角的にエクスペリエンスできる。

本作の最後の2曲「センド・マイ・ラヴ・トゥ・リンダ」「チェロキー・ミスト」はどちらも未完成だった曲だ。クレイマーは「あと1年もあれば、まったく異なった進化を遂げていただろう」と語るが、さまざまな可能性に想いを馳せ、余韻を残しながら幕を下ろすのが『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』をさらに魅力的にしている。

クレイマーによると、ジミのスタジオ未発表音源アルバムはひとまず“打ち止め” だという。これまで数多くのレア音源を集めたアルバムが発表され、また『ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス~アンリリースト&レア・マスターズ plus』や『ウェスト・コースト・シアトル・ボーイ』といったボックス・セットにも初登場トラックが多数収録されてきたので、さすがに仕方ないだろうか。

だがクレイマーによると、「世界がお祭りになるようなすごい未発表ライヴ」がいくつも発表されることになるという。詳細はまだ明かされていないが、これまで歴史的音楽をいくつも発掘してきたクレイマーゆえ、そうとうな出来映えのものが期待できそうだ。

その死から48年、未だ新しいジミをエクスペリエンスできる我々は果報者である。

■アルバムインフォメーション

『ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ』
ボース・サイズ・オブ・ザ・スカイ
発売元:ソニー・ミュージックエンタテインメント
発売日:2018年3月14日
料金:2,400円(税抜)
詳細はこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に850以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

 

特集

﨑谷直人

今月の音遊人

今月の音遊人:﨑谷直人さん「突き詰めたその先にこそ“遊び”はあると思います」

3457views

J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会

音楽ライターの眼

バッハ生誕333年、名手25人が秀逸な響きで333の客席を包んだ/J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会

8626views

アコースティックギター「FG9」

楽器探訪 Anothertake

力強さと明瞭さが拓くアコースティックギターの新たな可能性

2901views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

11174views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

12908views

オトノ仕事人

コンサートの音の責任者/サウンドデザイナーの仕事

12744views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9265views

ズーラシアン・フィル・ハーモニー

こどもと楽しむMusicナビ

スーパープレイヤーの動物たちが繰り広げるステージに親子で夢中!/ズーラシアンブラス

14376views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

16~19世紀を代表する名器の音色が生演奏で聴ける!

12102views

われら音遊人

われら音遊人:オリジナルは30曲以上 大人に向けて奏でるフォークロックバンド

4596views

サクソフォン、そろそろ「テイク・ファイブ」に挑戦しようか、なんて思ってはいるのですが

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォンをはじめて10年、目標の「テイク・ファイブ」は近いか、遠いのか……。

8416views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

30897views

おとなの楽器練習記

【動画公開中】注目の若手ピアニスト小林愛実がチェロのレッスンに挑戦!

9963views

武蔵野音楽大学楽器博物館

楽器博物館探訪

世界に一台しかない貴重なピアノを所蔵「武蔵野音楽大学楽器博物館」

22910views

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.3

音楽ライターの眼

3大テノールを受け継ぐ情熱的な歌声を聴かせたサルヴァトーレ・リチートラを偲ぶ Vol.3

3034views

オトノ仕事人

音楽フェスのブッキングや制作をディレクションする/イベントディレクターの仕事

13373views

5 Gravities

われら音遊人

われら音遊人:5つの個性が引き付け合い、多様な音楽性とグルーヴを生み出す

2028views

REVSTAR

楽器探訪 Anothertake

いまの時代に鳴るギターを目指し、音もデザインも進化したエレキギターREVSTAR

7310views

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

ホール自慢を聞きましょう

弦楽四重奏を聴くことが人生の糧となるように/第一生命ホール

9265views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5655views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

8996views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

3219views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

26127views