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【クラシック名曲 ポップにシン・発見】(Phase41)パガニーニ「24のカプリース」、超絶技巧の悪魔、行き先は監獄島「アルカトラス」
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2025.2.7
tagged: 音楽ライターの眼, クラシック名曲 ポップにシン・発見, アルカトラス, パガニーニ
悪魔に魂を売って超絶技巧を手に入れたと称されたイタリアのバイオリニスト兼作曲家ニコロ・パガニーニ(1782~1840年)。悪魔的に凄まじい演奏だったことは「24のカプリースOp.1」を聴けば想像がつく。驚異の速弾きロックギタリストで真っ先に思い浮かぶのはアルカトラスのイングヴェイ・マルムスティーン。超絶技巧の悪魔の行き先は、米サンフランシスコ湾に浮かぶ監獄島アルカトラズがふさわしい。
「24のカプリース」は24曲から成る無伴奏のバイオリン独奏曲集。「カプリース」は「奇想曲」と訳される。J.S.バッハの「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」(全6作品)を旧約聖書とすれば、パガニーニの「24のカプリース」は新約聖書になぞらえられる。バイオリンを習う人にとっては聖典だ。難曲のほどは奏者でなければ分からないが、アクロバティックな曲集なのは間違いない。
「第1番ホ長調」ではいきなりスピッカートという特殊奏法が登場する。速度記号はアンダンテ(歩くような速さで)なのに、1小節目から32分音符で分散和音がびっしり詰まっているため、非常に速く聴こえる。しかも4弦すべてを使い、弓を跳ねさせて均質な音で分散和音を弾いていかなければならない。
第2番以降も様々な特殊奏法が続く。「第3番ホ短調」には1オクターブ(8度音程)重音と2つの音にトリルをかけるダブルトリル。「第5番イ短調」では弓の弾性を使って弓を跳ねさせて弾くサルタート奏法。掉尾を飾る「第24番イ短調」には、弦を押さえる左手の指で弦をはじく左手ピツィカートのほか、弦に軽く触れて高い倍音を鳴らすフラジオレット奏法も用いられるといった具合だ。
見た目にも華々しい特殊奏法や超絶技巧を持つのは、パガニーニ自身がライブでのパフォーマンス効果を狙ったからだ。パガニーニが活躍したのは、大ホールに響き渡る現代仕様のバイオリンが登場した時期に当たる。欧州中の貴婦人たちが演奏会場で熱狂し、失神者も出たという伝説が作られた。
ところが「24のカプリース」の出版譜を見ると、「初~中級」という表記もある。最上級の超難曲ではないのか。パガニーニが生きた19世紀前半には最先端の奏法だったが、今ではモダンバイオリン奏法の基盤になっているのだろう。プロなら弾けて当然、ただし完璧かどうかは別、といったところか。
実際、同時代以降の作曲家、例えばメンデルスゾーンは「バイオリン協奏曲ホ短調Op.64」にスピッカートを取り入れ、ブラームスは「バイオリン協奏曲ニ長調Op.77」で重音奏法を多用するなど、特殊奏法を普通に使うようになった。バルトークやショスタコーヴィチの室内楽も「24のカプリース」をマスターしたレベルでないと効果的には弾けないだろう。
サルヴァトーレ・アッカルドの独奏によるCD「パガニーニ:24のカプリース」(1977年録音、ユニバーサル)
旋律美や抒情性も聴き逃せない。多くの作曲家が「24のカプリース」の主題を使って自作を書いているのは、その旋律が魅力的だからだ。リストの「パガニーニによる大練習曲集」、シューマンの「パガニーニのカプリースによる6つの演奏会用練習曲Op.10」、ラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」など枚挙にいとまがない。
「24のカプリース」の録音は多い。アッカルド、ミンツ、パールマン、五嶋みどり、神尾真由子……。ところがヴィルトゥオーゾとしてすぐに思い浮かぶハイフェッツやヒラリー・ハーンの全曲録音盤が見当たらない。これは技巧だけではないロマン派音楽の抒情性を表現する難しさを物語ってはいないか。
キャッチーな旋律とクラシカルな形式美、ロマン派風の抒情にあふれるヘヴィメタルバンドがアルカトラス。今もメンバーを変更して活動中だが、ここで取り上げるのは1983年結成時のアルカトラスだ。英国のボーカリスト、グラハム・ボネットとスウェーデンの新進ギタリスト、イングヴェイ・マルムスティーンを中心に米ロサンゼルスで結成された。
アルカトラス「ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール」(1983年のファーストアルバムに全曲のインストゥルメンタル・デモを加えたエクスパンデッド・エディションCD、2015年、HNE)
83年のファーストアルバム「ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール(ロックンロールに仮釈放はない)」はヘヴィメタル屈指の名盤だ。マルムスティーン唯一の参加作で、ほぼ全曲がボネットとマルムスティーンの共作。サンフランシスコ沖の監獄アルカトラズ島に触発された「アイランド・イン・ザ・サン」、広島原爆の惨劇を歌う「ヒロシマ・モナムール」、象牙海岸に降り立った者とネーティブとの人種問題を扱った「ジェット・トゥ・ジェット」など名曲ぞろい。
ボネットは短髪に眼鏡、ネクタイにスーツというヘヴィメタルに不相応な外見ながら、広音域と声量で人気を博した。ギタリストのリッチー・ブラックモアが率いるレインボーやマイケル・シェンカー・グループで活躍した経歴から、アルカトラスのボーカルとしても期待が高かった。ところが聴き手はマルムスティーンのギター演奏に釘付けになる。あまりに衝撃的な速弾きだったからだ。
マルムスティーンのギターの魅力は和声的短音階(ハーモニック・マイナー・スケール)による超高速フレーズだ。第7音を半音上げて主音への導音にした和声的短音階がバロックや古典派の古風な短調の響きを出す。第5音(イ短調の場合E音)から始めれば、Eフリジアン・ドミナント・スケールとなり、フラメンコ風のエキゾチックな印象も聴き手に与える。
パコ・デ・ルシアをはじめフラメンコのギタリストも速弾きを得意としたが、マルムスティーンはピックで弾いて超高速。ダウンとアップを交互に繰り返す通常のピッキングではなく、ダウンとアップを重ねて超高速を実現させるエコノミー・ピッキング奏法を取り入れた。堅牢な構成の中に哀愁の超高速フレーズが散りばめられ、クラシックファンも惹きつける。
前人未踏の超絶技巧は自由な精神性や抒情を開花させる。超絶技巧が機械ではなく、人間の表現力であることをパガニーニとアルカトラスは気づかせてくれる。
池上輝彦〔いけがみ・てるひこ〕
音楽ジャーナリスト。日本経済新聞社シニアメディアプロデューサー。早稲田大学卒。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。
日本経済新聞社記者紹介
文/ 池上輝彦
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