Web音遊人(みゅーじん)

グランツたけた

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

列車が山間の街にある豊後竹田駅に到着すると、ホームにはなじみ深い『荒城の月』のメロディが流れる。豊後水道に面した大分から内陸の阿蘇山方面へと向かう途中にある竹田の街は、日本の洋楽史におけるパイオニア的な作曲家の一人、瀧廉太郎が幼少期を過ごした地。街の中には貴重な遺品などを所蔵している記念館などもあって観光客を集めている。

v

街の歴史を作ってきた岡城の趾には、東洋のロダンと称された朝倉文夫作による瀧廉太郎の像が建つ。

そしてなにより、瀧廉太郎が『荒城の月』を作曲した際に思い浮かべたのは、この地の歴史を作ってきた名城である「岡城」だと伝えられているのだ。

1976年から市民に親しまれてきた旧竹田市文化会館を建て替える形で、2018年10月に開館した「グランツたけた」も、メインとなる713席の大ホールが「廉太郎ホール」と命名されており、かの作曲家への深い愛情を象徴する施設である。名称の「グランツ(GLANZ)」はドイツ語で「栄光」「きらめき」「輝かしさ」という意味をもつが、まさに地域住民の心に輝きを灯すホールである。

その大ホールに足を踏み入れると、まず天井の高さに驚く。そのためか、階段状の1階席とそれを取り囲むように配置されたバルコニー状の席(2階層)から成る客席が、席数に比してゆったりとした空間に感じられ、音楽も豊かに広がるような印象が強い。ステージも天井が高く、計算された構造による壁面や背面に当たった音がゆったりと客席へ届くようなイメージだ。

グランツたけた

赤を基調とした客席のシートがあたたかい雰囲気を醸し出す。開放的な天井も大きな特徴だ。

「竹田では1947(昭和22)年から岡城跡に建っていた音楽堂で音楽祭を開催しており、それが『瀧廉太郎記念 全日本高等学校声楽コンクール』となって、旧文化会館へと会場を移してからも続いてきました。ソプラノの佐藤美枝子さんやカウンターテノールの米良美一さんほか、著名な歌手の方も入賞しており、私たちにとっては誇りに感じられる重要な文化事業のひとつです。一方では長く活動を続けている『瀧廉太郎の歌をうたう会』などアマチュアのコーラスも盛んですので、新しいホールを作る際には『歌声が美しく響くように』という明確なコンセプトがありました」(館長、山口誠さん)

たしかに、地元のコーラス・グループなどが出演するコンサートを聴いたが、ハーモニーがふんわりとホール内に膨らんでいくような印象が強く、それでいて歌詞(言葉)は明快に聴きとれるため、声楽には最適の音響だといえるだろう。

ホールの音響設計を担当したヤマハ空間音響グループの宮崎秀生氏は、要望を受け入れながら独自の音を創造するべく、設計スタッフらとディスカッションを重ねたという。

「天井が高く容積の多い空間なので残響が長くなり、響き過ぎてしまうのが大きな課題でした。そこで客席(左右のバルコニー席)前にある仕切りにスリットを入れるなど、音を逃がして仕切り壁から直接跳ね返る音と後から戻る音とのバランスを調整することで反響をコントロールして、豊かな響きを保ちながらも音自体はクリアに聴こえるような工夫を施したのです」
ステージの背面および側面の下部と1階席の左右は、まるで拍子木を積み上げたような壁面になっており、これてまた残響を調整する工夫のひとつだ。

グランツたけた

1階席両サイドの、精巧にデザインされた壁面。拍子木を積み重ねたような凹凸により客席の音響を調節している。

「実質的なこけら落とし公演は、さだまさしさんのコンサートでしたが、お客様も交えて『荒城の月』などを歌っていただき、みんなの声が心地よく響く素晴らしいホールだとおっしゃってくださいました。ステージと客席の垣根もなく全員で歌えることができるというのは、まさにこのホールにとって幸せなことだと思います」(山口館長)

もちろん声楽だけではなく、オーケストラや吹奏楽、市内に2つあるというジャズ・オーケストラ、講演会、さらには伝統芸能など、実に多彩な催しにも対応できるよう設計されている。この地域で盛んだという神楽なども、太鼓の音が響きすぎずに全体のバランスがよかったため、好評のようだ。

大ホールのほか、床面がフラットで展覧会や、演劇・映画の上映、ダンスなどさまざまな用途に利用できる多目的ホール「キナーレ」(竹田の言葉で“お越しください”という意味)を併設。さらには地元の木材がふんだんに使われている市民ラウンジ、ワークショップなどが開催できる創作空間(サロン)なども、住民が集い、新しい文化交流を生み出す場になることだろう。

まさに竹田市と周辺地域にとって、新しい時代の情報発信地となるべく生まれたホールなのである。

グランツたけた

(写真左)来場者や市民がくつろげる「市民ラウンジ」は、木の香りに癒される憩いと交流の場。(写真右)ワークショップや鑑賞講座などを通して、竹田市ならではの文化・芸術を創り出す「創作空間(サロン)」。

■グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

所在地:大分県竹田市大文玉来1-1
TEL:0974-63-4837
ホール形式:シューボックス型
席数:713
オフィシャルサイトはこちら

特集

矢野顕子

今月の音遊人

今月の音遊人:矢野顕子さん 「わたしにとって音は遊びであり、仕事であり、趣味でもあるんです」

5841views

音楽ライターの眼

連載12[ジャズ事始め]フィリピンが“ジャズ・ミュージシャン養成所”となったのは大航海時代の植民地支配が関係していた?

2943views

楽器探訪 Anothertake

ピアニストの声となり歌い奏でる、コンサートグランドピアノ「CFX」の新モデル

4526views

ヤマハ製アコースティックギター

楽器のあれこれQ&A

目的別に選ぶ、ヤマハ製アコースティックギター

5775views

コハーン・イシュトヴァーンさん Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ハンガリー出身のクラリネット奏者コハーン・イシュトヴァーンがバイオリンを体験レッスン!

9905views

江藤裕平

オトノ仕事人

音楽ゲームの要となるリズムノーツをつくる専門家/『太鼓の達人』の譜面制作の仕事

7305views

ホール自慢を聞きましょう

歴史ある“不死鳥の街”から新時代の芸術文化を発信/フェニーチェ堺

8089views

こどもと楽しむMusicナビ

クラシックコンサートにバレエ、人形劇、演劇……好きな演目で劇場デビューする夏休み!/『日生劇場ファミリーフェスティヴァル』

6480views

民音音楽博物館

楽器博物館探訪

歴史的価値の高い鍵盤楽器が並ぶ「民音音楽博物館」

23494views

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う 結成30年のビッグバンド

われら音遊人

われら音遊人:年齢も職業も超えた仲間が集う、結成30年のビッグバンド

9144views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5326views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24772views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:独特の世界観を表現する姉妹のピアノ連弾ボーカルユニットKitriがフルートに挑戦!

4372views

上野学園大学 楽器展示室

楽器博物館探訪

日本に一台しかない初期のピアノ、タンゲンテンフリューゲルを所有する「上野学園 楽器展示室」

18931views

音楽ライターの眼

トレイシー・ソーンの自伝的エッセイが刊行。エヴリシング・バット・ザ・ガールを読む

3149views

オトノ仕事人

最適な音響システムを提案し、理想的な音空間を創る/音響施工プロジェクト・リーダーの仕事

1794views

if~

われら音遊人

われら音遊人:まだまだ現在進行形!多くの人に曲を届けたい

929views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

限りなく高い精度で鍵盤とハンマーの動きを計測するヤマハ独自の自動演奏ピアノの技術

22767views

グランツたけた

ホール自慢を聞きましょう

美しい歌声の響くホールで、瀧廉太郎愛にあふれる街が新しい時代を創造/グランツたけた(竹田市総合文化ホール)

6860views

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい 山口正介

パイドパイパー・ダイアリー

『チュニジアの夜』は相当に難しいが、次回のレッスンが待ち遠しい

5326views

楽器のあれこれQ&A

モチベーションがアップ!ピアノを楽しく効率的に練習するコツ

40918views

東京文化会館

こどもと楽しむMusicナビ

はじめの一歩。大人気の体験型プログラムで子どもと音楽を楽しもう/東京文化会館『ミュージック・ワークショップ』

7230views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

24772views