Web音遊人(みゅーじん)

AIジャズの嚆矢は20年前の東京ザヴィヌルバッハだったんじゃなかろうか?

実は、「NEURAL JAZZ SESSIONS~AI×人間による実験的なジャズセッション~」の動画を観たとき、既視感があった。いや、“既聴感”と言うべきかな。

それは、エレクトロ・ジャズ・ユニット「東京ザヴィヌルバッハ」の作品によって引き起こされたものだった。

東京ザヴィヌルバッハは、坪口昌恭(キーボード)のアイデアを菊地成孔(サックス)がプロデュースするというコンセプションのもと1999年1月に結成されたユニットだ。

このユニットがほかの“クラブ系”のバンドと決定的に違っていたのは、シーケンスソフト“M”を使っていた部分。

“M”は、68k Macの時代(つまり1980年代後半から90年代)に開発されたいわゆるDTMソフトの一種なのだけれど、打ち込んだプログラムどおりの音を再生させるのではないという、“謎”な機能を有していた。

この“M”の印象について坪口は、「『思ったとおりに音楽が作れない』ところに惹かれているんですよ。(中略)DTMソフトだと、横長のタイムラインのトラックウインドウが出て、見た目で『音楽作っている』っていう感じがするみたいで、みんなそれで満足しちゃうみたい(笑)。でも、視覚でイメージを見せられると、作った音楽の真のリズムがつかみにくくなるんです。やはり耳で聞くものは聴覚のみで吟味しないと。音そのものの素顔に近づくことができるのがMというわけなんです」と、パソコン雑誌のインタヴューに答えている(「Mac Fan」2002年5月15日号)。

ボクは東京ザヴィヌルバッハの『クール・クラスター』リリースのタイミングで坪口昌恭と菊地成孔にインタヴューをすることができたのだけれど(2002年4月17日)、そのなかから興味深い部分をピックアップしてみよう。

坪口:Mというソフトを使ったら、リズムを一定のビートじゃなくてランダムに、どこがアタマかわからないんだけれどファンキーだみたいな、そういうのが作れそうだというのが見えてきたんですよ。それで僕がデモを作って(菊地成孔に)聴かせたりして、これでもっとうまいことできないかなぁ、というのが、1999年の年明けぐらいでしたかね。
菊地:最初はドラムンベースをやろうとしてたんですよ。ドラムンベースのトラックを作るノウハウのなかで、試しにいろいろやっていた。Mって、もともとミニマル・ミュージックのためのソフトだったから、それをファンキーなリズムセクション、つまりドラムとベースを担当させるソフトだとは誰も、いまだに誰も思っていなくて……(笑)。高橋悠治さんとか現代音楽のヒトがチャンス・オペレーション(註:ジョン・ケージが1950年代初頭に考案した、偶然を利用してスコアを作成する手法)のときとかに使う、ミニマル・ミュージック用のソフトだったから。それを、ジャズのドラマーがその場でスポンティニアスにどんどんリズムを変えていったりするように、機械が自動的にやるっていうふうにしてみたらどうか、と。でも、僕はまるで機械のことはわからないから坪口にデモ演奏を作ってもらったら、ぜんぜんドラムンベースにならなかった(笑)。
坪口:大失敗だったね(笑)。
菊地:でも、代わりにおもしろいものができたんですよね。いままで聴いたことがない、ね。つまり、そういうことに使ったことがないソフトをそういうふうに使ったわけですからそうなった。で、まったく新しい音楽が生まれたので、「じゃあ、これをやろう!」とバンドを作ることになったというわけ。

 

次回は、“M”と共演した、2000年代初頭の東京ザヴィヌルバッハの作品を再考してみたい。

「AIが拓くジャズの未来」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
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