今月の音遊人
今月の音遊人:荻野目洋子さん「引っ込み思案だった私は、音楽でならはじけることができたんです」
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ドナルド・キーンが愛する日本人に贈ったオペラを通じたラストメッセージ
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2019.11.11
tagged: ブックレビュー, ドナルド・キーン, ドナルド・キーンのオペラへようこそ!われらが人生の歓び
生涯にわたる膨大なオペラ鑑賞の軌跡とともに、オペラにあまり詳しくない読者にも興味がわくような独自の視点でオペラの魅力を紹介した『ドナルド・キーンのオペラへようこそ!』。日本の文学と文化を研究し、コロンビア大学で日本文学を教えていたキーン氏の、もうひとつの顔に驚かされる書だ。
日本の名だたる作家たちと交流を深め、『徒然草』や『奥の細道』、三島由紀夫や安部公房などの著書の英訳書も多く、古典から現代文学まで幅広く日本文学を海外に紹介したキーン氏。東日本大震災後には日本に居を移し、日本国籍も取得して、2019年2月に永眠するまで日本を深く愛した。
キーン氏とオペラとの結びつきは、幼い頃にさかのぼる。父親の蓄音機とレコードで、テノール歌手、エンリーコ・カルーゾの歌声を聴いて育ち、イタリア語の歌詞は理解できなかったものの、カルーゾの歌の魅力に心酔していく。
「わたしが音楽から聴きとったのは、演奏者の魂が自分の魂に直接呼びかける声だったのです。人間の声のもたらす強烈な喜びに匹敵するものは何ひとつなく、一度耳にした歌手の声なら、それが誰の声か言い当てることができると自負しています」(本書より)。
オペラ初観劇は15歳。数人の友だちと連れ立って訪れた、野外劇場での『カルメン』に魅了された。16歳になると、メトロポリタン歌劇場(通称メト)でオペラを観るチャンスが巡ってきた。飛び入学で進学したコロンビア大学の友人からチケットを譲り受けたのだった。演目はグルックの『オルフェオとエウリディーチェ』。
そのときのことを、「天にも昇る心地がした。とりわけ心が動いたのは、オルフェオが愛するエウリディーチェを探しに冥界に下ってゆく場面で、音楽はこれ以上美しくはあり得ないと思うほど魅惑的に響いた」と綴っている。その後、会員となって通いつめたメトは、氏の“第二の家”となり、日本に移り住んでからもMETライブビューイングで、オペラを楽しんだ。
本書は、第1章<オペラとの出会い>で幕を開け、『フィガロの結婚』や『蝶々夫人』ほか11作品を紹介した第4章<オペラへの誘い~作品論>、マリア・カラスやプラシド・ドミンゴほか8人の世界的歌手について語った第5章<思い出の歌手たち>など、氏のオペラへの思いがぎっしりと詰まっている。音楽評論や楽曲解説とは趣のことなるファン目線の熱さと、研究者としての冷静な分析によって、舞台の情景やホールの雰囲気、歌手の息づかい、時代の色合いまでもがリアルに伝わってくる。
「初めて観るならどのオペラ?」の項で挙げられているのは、『カルメン』『トスカ』『トゥーランドット』(本書での表記は『トゥランド』)。そして、「初めて食べる料理の味は意外なもので、美味しいかどうかは即座にはわからないもの。いつかその美味しさを見出せるはずだと信じるべきでしょう。音楽も同じで、2回目、3回目の方がよくわかるということが往々にしてあります」とオペラ初心者をあたたかく励ましている。
巻末には、キーン氏がメトで観たオペラ公演、メト以外で観たオペラ公演、歌のリサイタルなどの公演日、ホール、おもな出演者が表にまとめられている。演目や歌手名を眺めていると、心踊らせながら舞台に見入るキーン氏の満面の笑顔が浮んできそうだ。
『ドナルド・キーンのオペラへようこそ!われらが人生の歓び』
著者:ドナルド・キーン
発売元:文藝春秋社
発売日:2019年4月11日
価格:2,000円(税抜)
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