Web音遊人(みゅーじん)

あらゆるトラブルに対応できる、優れたリペア技術者を世に送り出す/管楽器のリペア技術者を育てる仕事

管楽器のリペア技術者とは、精密で壊れやすい管楽器の定期点検や不具合の修理、音色の調整などを行う技術者のこと。ヤマハが運営する職業訓練校として優れたリペア技術者を輩出する「ヤマハ管楽器テクニカルアカデミー」の講師である小出真衣さんは、日々、技術者を目指す生徒と向き合っている。

多くの人に信頼されてこそ一人前の技術者

専門学校ならば2年で学ぶ内容を、1年の短期集中で習得する「ヤマハ管楽器テクニカルアカデミー」の毎日は、分刻みのスケジュールで進んでいく。授業は9時から16時までで、間に休憩を挟むが、休憩中も生徒が質問に来たり、生徒が修理した楽器のチェックをしたりするため、小出さんは息をつく暇もない。
「授業では実際の仕事の場を想定し、生徒たちには効率よく、精度の高いリペアを行う習慣を身に付けてもらいます。また、生徒の大半はまだ社会人経験がないため、挨拶や返事の仕方、報告・連絡・相談の徹底、相手に伝わる話し方など、社会人としての基礎も手取り足取り教えます。技術を教えることはもちろん大切ですが、多くの人に信頼される技術者を育てるためには、時間管理や礼儀作法についての指導も欠かせません」

小出さんがリペア技術の基礎を教えるのは、木管楽器のフルート・クラリネット・サクソフォン・ピッコロ・オーボエ・ファゴット、金管楽器のトランペット・トロンボーン・ホルンの9種。まず、基本技術である“やすり掛け”や、リペアに使う工具の作り方を教えたあと、木管楽器、金管楽器の順に授業を行う。
「木管楽器は、定期的に交換する部品(消耗品)の調整が難しく技術の習得に時間がかかるため、カリキュラムの早い段階で教えます。特にフルート、クラリネット、サクソフォンは演奏人口が多く、修理・調整の需要も高いため、時間をかけて技術を磨く必要があります」と小出さん。

アカデミーの楽器庫には、フルートだけで200本以上、計1,100本ほどの管楽器が常備されており、生徒たちは技術実習、自習で自由に使うことができる。
「楽器は新品、未使用品の状態のものもあるので、リペアをするためにあえて自分たちで楽器を凹ませたり動きを悪くしたりして、意図的に不具合を作っています。『リペアが必要な状態にするために、まず楽器を壊します』というと多くの方に驚かれますが、楽器を壊すことで、材質の特性や『どんなふうにすると壊れるか』がわかります。そしてそれが、お客様の楽器の不具合の原因を推察する技術にもつながるのです」

授業中の様子。仕事の場を想定し、限られた時間内で効率良く、精度の高いリペアを行う習慣を付けるようにしている。間近に迫った試験に向けて、生徒それぞれが自分の課題に取り組んでいた。

技術者の先輩として生徒の気持ちに寄り添う

今は後進を指導する立場にあるが、「ヤマハ管楽器テクニカルアカデミー」の卒業生でもある小出さん。ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかったというが、壁にぶつかった経験があるからこそ、思うようにリペアできず悩んでしまう生徒の気持ちがよく理解できるという。
「今も昔も、アカデミーに入ると“やすり掛け”から習いますが、金属のこすれる音が苦手だった私は、『とんでもない道に足を踏み入れてしまった』と思ったのを覚えています(笑)。正直、アカデミーの成績もあまり良くはありませんでした。ですが、同じ志を持つ仲間と励ましあい、『続けることなら私にもできる』と目の前のことに必死に取り組んできた結果、今の私があります。生徒たちにも、苦しいときこそ、できることをコツコツと、継続していくことの大切さを伝えています」

また、全寮制をとっているアカデミーでは、講師は親代わりのようなもの。小出さんは、生徒の表情や言動に出るちょっとした変化、サインを見逃さず、気持ちを読み取ることを心掛けている。
「当たり前のことのようですが、厳しいカリキュラムをやり遂げるために、いちばん大切なのが体調管理です。毎日授業を始める前に、十分な睡眠がとれているか、きちんとご飯を食べているかなど、一人ひとりの生活態度や体調をチェックするようにしています。最適なリペアをするためにも健康が第一です」

生徒の立場に立った教え方を模索、実践する

講師になって7年目。リペア技術を教えるうえで最も難しいのは、人によって異なる「最適なリペアの状態」をすり合わせることだという。
「生徒がリペアした楽器を見せにきたときは、すぐに答えを言わず、『自分ではどう思う?』と問いかけるようにしています。生徒なりに試行錯誤したリペアを尊重し、講師と生徒のリペアの“質”と“感覚”のすり合わせを繰り返すことで、生徒の技術習得につなげていきます。この教え方は、この先もずっと変わらないと思います」

反対に、経験による“カン”と“コツ”を重視し、「技は見て学ぶもの」とされてきた価値観は変わりつつあるという。例えば、生徒一人ひとりにタブレットを貸し出し、“カン”や“コツ”とされてきた部分を数値に落とし込んだ資料を作って共有するなど、データ化・デジタル化を進める動きもあるそうだ。
「また、生徒が技術習得しやすいよう、ウェアラブルカメラ(撮影者の頭などに装着するカメラ)を使った“技術者目線”での動画の撮影もはじめました。この試みは、教室で作業の手本を見せるとき、机の周りにいる生徒は講師の手元を反対側から見ることになり、自分の手を動かすときのイメージがしにくいことを解消するものですが、生徒のニーズに合ったわかりやすい教え方を日々模索しています」

(写真左)トロンボーンのスライドを定盤じょうばん という器具に載せ、管がまっすぐか、曲がっていないかをチェック。(写真右)工具類が整然と並ぶ、講師準備室の小出さんの机。修理技術者にとって、整理整頓も重要な技術のひとつだという。

楽器を最良の状態に保ち、納得いく演奏をするために、そして大切な楽器を長く使うために、質の高いアフターサービスは欠かせないもの。優れた技術を持ったリペア技術者の存在は、今後ますます重要になっていくだろう。
「講師になって約7年の間に、100名を超える卒業生を送りだしました。多くの卒業生がリペア技術者として長く活躍してくれることが、何よりの喜びです。リペア技術者は、一生かけて技術を磨き続けなければならない厳しい仕事ですが、困っている奏者にとって、これほど心強い、頼りになる存在はありません。皆さんにいつも安心して演奏していただくためにも、リペア技術者を志す人が一人でも増えてくれたらと願っています」

【Web見学ツアー】見る!知る!分かる!ヤマハ管楽器テクニカルアカデミー

■ヤマハ管楽器テクニカルアカデミー

ヤマハが運営する管楽器修理技術者育成機関。当校修了後、全国のヤマハ特約店への就職を前提とした技術習得施設です。
オフィシャルサイトはこちら

▼Web音遊人おすすめ関連ページ
奏者に寄り添い、楽器のあらゆる不具合を解決に導く。ゴールなき「管楽器リペア」の世界

Q.子どもの頃の夢は?
A.警察官です。父が警察官で、地域の人たちのために働く姿を見て「格好いいな」と思っていました。今の仕事に就いていなかったら警察官になっていたでしょうね。リペア技術者にも通ずるところがありますが、やるべきことが明確な仕事は、責任が重いぶん、やりがいも大きいように思います。

Q.楽器の演奏経験は?
A.小学生のときは金管バンドでアルトホルン、中学・高校生のときは吹奏楽でトランペットを吹いていました。ずっとトランペットが吹きたかったので、自分の楽器を手にしたときはとても嬉しかったです。高校ではマーチングにも打ち込み、2年生の後半からは、吹奏楽をやりながら地元のジャズバンドでも活動していました。一時期、女性だけのビッグバンドで演奏していたこともあり、若いころはとにかくトランペットを吹くことが日常でしたね。

Q.好きな音楽は?
A.ジャズ系の曲が好きで、ビッグバンドだけではなく、ピアノとボーカルのしっとりとした曲を聴くことも好きです。これまでに数えきれないほど聴いているのは、ビリー・ジョエルの『New York State of Mind』です。

Q.休みの日の過ごし方は?
A.子どもたちが熱中しているバスケットボール、空手の活動に付きっ切りです。育ち盛りの男の子が家にいるとあらゆる物が壊れそうなので(笑)、できるだけ外へ連れ出します。自分自身のリフレッシュを兼ねて、家族でキャンプに行くことも多いです。

photo/ 澤島宏明

本ウェブサイト上に掲載されている文章・画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

facebook

twitter

特集

生田絵梨花

今月の音遊人

今月の音遊人:生田絵梨花さん「ステージに立つと“音楽って楽しい!”という思いが、いっそう強くなります」

14691views

神保彰 ワンマンオーケストラ - Web音遊人

音楽ライターの眼

たったひとりで聴かせる驚異のオーケストラマジックに、聴衆は釘づけ!/神保彰 ワンマンオーケストラ2017 ~GINZA DE JIMBO~

11824views

楽器探訪 Anothertake

26年ぶりにラインアップを一新!「長く持っても疲れにくい」を実現し、フラッグシップモデルが加わったバリトンサクソフォン

4825views

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

楽器のあれこれQ&A

バイオリンを始める時に知っておきたいこと

10600views

ホルンの精鋭、福川伸陽が アコースティックギターの 体験レッスンに挑戦! Web音遊人

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ホルンの精鋭、福川伸陽がアコースティックギターの体験レッスンに挑戦!

12760views

調律師 曽我紀之

オトノ仕事人

演奏者が望むことを的確に捉え、ピアノを最高のコンディションに整える/コンサートチューナーの仕事

8591views

サラマンカホール(Web音遊人)

ホール自慢を聞きましょう

まるでヨーロッパの教会にいるような雰囲気に包まれるクラシック音楽専用ホール/サラマンカホール

26885views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

7988views

上野学園大学 楽器展示室」- Web音遊人

楽器博物館探訪

伝統を引き継ぐだけでなく、今も進化し続ける古楽器の世界

15325views

われら音遊人:「非日常」の充実感が 活動の原動力!

われら音遊人

われら音遊人:「非日常」の充実感が活動の原動力!

9248views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

6663views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35917views

バイオリニスト石田泰尚が アルトサクソフォンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】バイオリニスト石田泰尚がアルトサクソフォンに挑戦!

14918views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

38537views

音楽ライターの眼

レスリー・ウェストの追悼CDボックス2作が発売。暑苦しい夏は暑苦しいロック・ギターで

3664views

楽器博物館の学芸員の仕事 Web音遊人

オトノ仕事人

楽器のデモンストレーション、解説、管理までをこなすマルチプレイヤー/楽器博物館の学芸員の仕事(前編)

13640views

IMOZ

われら音遊人

われら音遊人:そろイモそろってイモっぽい?初心者だって磨けば光る!

2472views

Disklavier™ ENSPIRE(ディスクラビア エンスパイア)- Web音遊人

楽器探訪 Anothertake

自宅で一流アーティストのライブが楽しめる自動演奏ピアノ「ディスクラビア エンスパイア」

65593views

水戸市民会館

ホール自慢を聞きましょう

茨城県最大の2,000席を有するホールを備えた、人と文化の交流拠点が誕生/水戸市民会館 グロービスホール(大ホール)

12652views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.8 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

初心者も経験者も関係ない、みんなで音を出しているだけで楽しいんです!

6825views

楽器のメンテナンス

楽器のあれこれQ&A

大切に長く使うために、屋外で楽器を使うときに気をつけることは?

62814views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

4772views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

35917views