今月の音遊人
今月の音遊人:May J.さん「言葉で伝わらないことも『音』だったら素直に伝えられる」
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日本の音楽教育を思い浮かべたとき、音楽の授業で合唱をしたり、リコーダーで合奏したりと、なんとなく想像がつくと思う。では、世界の国々ではどんな音楽教育を行っているのだろう。たとえばイギリスの義務教育では、音楽の一般的な授業と並行し、ピアノやバイオリンなどの個人レッスンを実施する学校が多い。指導は巡回講師によって行われる。また、創造性を育てるために作曲の練習を行うこともある。アメリカでは、州により授業内容や時数が異なるが、児童のリズム感をのばす育成や、低学年のときからバイオリンや金管楽器で演奏することを取り入れている。
そうした音楽教育を行うことにより、子どもたちにどのような影響を与えることができるのだろうか。
音楽には各国の音楽家や思想家が生み出した〝教育法〞がある。ハンガリーで生まれた「コダーイ・メソッド」や、日本発祥の「スズキ・メソード」などが有名で、どちらも音楽を通して子どもの人間性や社会性を育むことを目的としている。こうした教育法を基盤にして活動するプロジェクトも登場している。南米ベネズエラではじまった「エル・システマ」もそのひとつだ。
エル・システマは、ベネズエラ出身の音楽家であるホセ・アントニオ・アブレウ氏により作られた音楽教育プログラムである。かつてベネズエラでは、音楽を学べるのはほんの一握りの裕福な子どもたちだけだった。その状況を打破したのがアブレウ氏。彼はベネズエラの子どもたちを集め、ベネズエラ人による交響楽団を立ち上げた。子どもたちは熱心に演奏の練習に取り組み、ときにはお互いに教え合い、意見を交わしながら、自分たちの音楽をよいものにしようと努力していく。音楽に触れることで、精神的な成長や、コミュニティの一員として互いに尊重し合っていく変化に気づいたアブレウ氏は、オーケストラを成長させることと、子どもを育成することの2つの目的を掛け合わせたエル・システマの仕組みをつくり、〝すべての子どもたちに無償で音楽教育を与えること〞をコンセプトに活動を開始。今では世界中で導入され、70以上の国や地域で同様のプロジェクトが生まれている。運用方法はそれぞれ異なっており、国が支援して国内各地にエル・システマの音楽教室が設けられている場合や、NPO団体が運営を行い、地域と協定を結びながら運営している場合などがある。
どんな国でエル・システマのプログラムが展開されているかというと、たとえば移民や難民の多いヨーロッパ。ギリシャやスウェーデンなどでは、難民キャンプの横に活動拠点を設け、どの人種の子どもであったとしても誰もが参加しやすい体制にしている。
また、音楽が盛んなオーストリアにもエル・システマのプロジェクトがあり、活動の多くが学校で行われている。たとえば、週4時間ほど合唱の時間を設けており、音楽に興味がある子どもには、ウィーン市立音楽教育大学などの協力のもと課外授業を行うなど、質の高い音楽教育を提供している。
ニュージーランドでは、先住民と白人との歴史的背景があるなかで、どんな子どもでも受け入れるエル・システマのプロジェクトを2011年に開始。ニュージーランドの文化遺産省とオークランド交響楽団の共同プログラムとして設立された。小学校2年生から音楽教育と楽器の指導を開始して、演奏の実力を高めていく。学校の授業でレッスンがあるほか、放課後や学校休暇を利用して活動しており、子どもたちは音楽を通してチームワークや互いに支え合うことの大切さを学んでいる。
アジアはというと、韓国でエル・システマのプログラムが導入されていて、地方オーケストラ団体がいくつもある。農村や山岳地、漁村など、都心のように芸術に十分触れることができない地域の子ども達にも、音楽を届けるためだ。そこから先鋭達を集めた音楽団「Orchestra of Dreams(夢のオーケストラ)」の活動も行っている。
日本では、2012年に被災地の子どもたちに向けてエル・システマの活動を開始。スタートは福島県相馬市から。相馬市の小学校では弦楽合奏の部活動が盛んだったこともあり、地域の人々も協力的で、寄贈された楽器を地元の楽器店が修繕し、指導者も地元出身者。結成した翌年には子どもたちのオーケストラデビュー公演を開催。2016年にはドイツ公演ツアーも果たした。
エル・システマでの事例のように、音楽はどのような環境下の子どもたちにも、成長の機会を与えてくれる。たとえば、音楽を聴くことで、作曲者や奏者の表現が子どもたちの心に伝わり、感動が生まれる。楽器に触れることで、ひとつのことに集中する力が身につく。そして仲間とともに演奏することで、より美しい音楽を奏でようと、自分の力を最大限に引き出し、互いに協力していくことを学ぶのだ。
音楽が子どもに与える影響について、エル・システマジャパン代表の菊川穣(きくがわ・ゆたか)さんはこう語る。
「音楽がもたらす子どもたちへの大きな影響は、特に演奏会のときに感じられます。彼らは自分たちの演奏によって、家族や友人、もちろん見ず知らずの人にも、感動を与えられることを知るのです。それは彼らの自尊心を高め、大きな喜びや自信になっているのでしょう」
菊川さんが語る、子どもにとって大きな成長の機会となる演奏会が、2020年4月に開催される。内容はというと、世界五大陸8か国、国内4か所の総勢350人の子どもたちが東京に集まり、同じステージの上で『交響曲第9番』を披露するという規模の大きなもの。彼らは生まれ育った環境や国籍、言語を超えてひとつの音楽を作り上げる。そこにはどんな感動が待ち受けているのだろう。ぜひ会場で体感してみてほしい。
※開催は2020年8月上旬(予定)に延期となりました
日時:4月3日(金)19:00開演(18:00開場)/4月4日(土)15:00開演(14:00開場)
会場:東京芸術劇場コンサートホール
曲目:(3日)上田真樹/あめつちのうた、サン=サーンス/七重奏曲 ほか(4日)ベートーヴェン/交響曲第9番「 合唱付き」、弦楽三重奏のためのセレナード、パッヘルベル/カノン
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文/ 清水由香利(RUNS)
tagged: 世界子ども音楽祭、エル・システマ
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