Web音遊人(みゅーじん)

2020年2月、トニー・ハドリーが来日。スパンダー・バレエの名曲の数々を歌う/2020年2月23日、ビルボードライブ東京

2020年2月、トニー・ハドリーが来日公演を東京・大阪のビルボードライブで行った。
“plays Greatest Hits and more”と題された今回のステージ。もちろん軸となるのは1980年代、スパンダー・バレエ時代のクラシックスの数々だ。さらにソロ・ナンバーやカヴァー曲も交えながら、新旧ファンが楽しめるライヴを披露した。東京公演は2月23日、1日2回公演が行われたが、本記事では1stステージをレポートする。

バンドのメンバー達がぞろぞろステージに上がり、最後にトニーがその193センチの長躯を現すと、大きな歓声が沸き上がる。そしてMCもなく1981年のヒット曲「早い話が(To Cut A Long Story Short)」のシンセ・イントロが鳴り響くと、会場全体が約40年前にタイムスリップしてしまった。

「ハイリー・ストラング」「ふたりの絆 (Only When You Leave)」「ラウンド・アンド・ラウンド」など、往年の名曲がオールド・ファンの涙腺を緩ませる。トニーの声のハリと伸び、そしてありったけのエモーションはまったく衰えることがなく、パーカッションを叩くフリをしたり、ちょっとしたムーヴも絶好調だ。「スパンダー・バレエの曲で一番のお気に入りだ。カンパイ」という一言から始まった「スルー・ザ・バリケーズ」のヴォーカルには、場内が一瞬静まりかえってしまうほどの情感が込められていた。

おそらく生涯“元スパンダー・バレエ”という看板が付きまとうだろうしトニー自身、それを拒んでもいないが、彼は現在進行形のアーティストでもある。ソロ・アルバム『トーキング・トゥ・ザ・ムーン』(2018)から「キラー・ブロウ」「トゥナイト・ビロングス・トゥ・アス」が歌われ、“今”のトニーの音楽の魅力を再認識させた。

2012年の来日時にはかつての“ライバル”バンド、デュラン・デュランの「リオ」、そしてキラーズの「サムボディ・トールド・ミー」などのカヴァーが飛び出してファンを驚かせたが、この日は1曲のみ。クイーンの「愛にすべてを(Somebody To Love)」はやはり2012年にも演奏されたが、今回もハイライトのひとつとして、大きな盛り上がりを生み出していた。

トニーのバックを務めたのはリリー・ゴンザレス(パーカッション)、ティム・バイ(ドラムス)、ショーン・バリー(キーボード)、フィリップ・ウィリアムス(ベース)、リチャード・バレット(ギター)というラインアップ。

リリーは随所でソウルフルなヴォーカルも聴かせ、「スルー・ザ・バリケーズ」ではトニーとのデュエットで曲にさらなる深みと拡がりをもたらしていた。バンド全体がエゴを主張することなく、トニーを最高の形でバックアップする。後半戦の「インスティンクション」「チャントNo.1」のような本来ファンキーなナンバーでのギターのカッティングやブリブリのベースなどが抑えめになっているのが気になったが、“トニー・ハドリーのショー”という本ライヴの性質からして、それが正解なのだろう。

そして、この日の最大のハイライトはやはり「トゥルー」だ。トニーは「この曲で結婚した人もいるし、この曲でキスをした人もいる」と紹介していたが、会場にいる1人1人に、この曲にまつわる思い出があるに違いない。サックス・ソロがギターに差し替えられるなど、ライヴならではの変化があったが、“ハーハハッ、ハ〜ハ〜ッ”という永遠の名コーラスは時代を超えて歌われ続ける。観客の多くにとって“お目当て”であるこの曲は、場内に昂ぶりをもたらしてくれた。

再びソロ作から順調なビートの「エヴリタイム」を挟んで、ショーの最後は「ライフライン」「ゴールド」の2連打で締め括る。どちらもスパンダー・バレエのヒット曲であり、1980年代を象徴するポップの名曲だ。「ライフライン」では“live and let live in love”というコーラスの最後に“live and let die…”と『007/死ぬのは奴らだ』へのオマージュを入れたり、「ゴールド」の終盤に「ジェームズ・ボンドのテーマ」を挿入するなど、 007小ネタの連打も、ライヴのクライマックスをさらにヒートアップさせた。

新型コロナウィルスの脅威が忍び寄る中、 1980年代ならではのポップで楽しく、時に切ないメロディの数々で日本の音楽ファンの心に灯りを点してくれたこの日のライヴ。わずか5日後、ビルボードライブ東京および大阪における全公演を中止という決定が下された。本記事執筆の時点では2020年3月11日まで臨時休業とのことだが、それまで我々は「トゥルー」のコーラスを口ずさみながら待っていよう。そして、お店の復活のあかつきには、ぜひまたトニーにも戻ってきていただきたい。

2012年の来日時のインタビューはこちら

山崎智之〔やまざき・ともゆき〕
1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,000以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検第1級、TOEIC 945点取得
ブログインタビューリスト

特集

辻󠄀井伸行

今月の音遊人

今月の音遊人:辻󠄀井伸行さん「ピアノは身体の一部、大切な友だちのようなものです」

2921views

音楽ライターの眼

連載48[ジャズ事始め]“アジア”から“江戸”へと回遊を始めた21世紀初頭の日本のジャズ

1563views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

3421views

サクソフォンの選び方と扱い方について

楽器のあれこれQ&A

これからはじめる方必見!サクソフォンの選び方と扱い方について

55977views

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:注目のピアノデュオ鍵盤男子の二人がチェロに挑戦!

8291views

仁宮裕さん

オトノ仕事人

アーティストの音楽観を映像で表現するミュージックビデオを作る/映像作家の仕事

13891views

東広島芸術文化ホール くらら - Web音遊人

ホール自慢を聞きましょう

繊細なピアニシモも隅々まで響く至福の音響空間/東広島芸術文化ホール くらら

13330views

Kitaraあ・ら・かると

こどもと楽しむMusicナビ

子どもも大人も楽しめるコンサート&イベントが盛りだくさん。ピクニック気分で出かけよう!/Kitaraあ・ら・かると

6027views

浜松市楽器博物館

楽器博物館探訪

世界中の珍しい楽器が一堂に集まった「浜松市楽器博物館」

30597views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:人を楽しませたい!それが4人の共通の思い

6487views

パイドパイパー・ダイアリー Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

楽器は人前で演奏してこそ、上達していくものなのだろう

8092views

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ポロネーズに始まりマズルカに終わる、ショパンの誇り高き精神をめぐるポーランドの旅

29857views

大人の楽器練習機

おとなの楽器練習記

おとなの楽器練習記:世界的ピアニスト上原彩子がチェロ1日体験レッスン

17158views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

民族音楽学者・小泉文夫の息づかいを感じるコレクション

10041views

音楽ライターの眼

ラヴェル「ラ・ヴァルス」、ワルツ独り舞台/福間洸太朗ピアノ・コンサート

6024views

オトノ仕事人

深く豊かなクラシックの世界への入り口を作る/音楽ジャーナリストの仕事

4388views

スイング・ビーズ・ジャズ・オーケストラのメンバー

われら音遊人

われら音遊人:震災の年に結成したビッグバンド、ボランティア演奏もおまかせあれ!

5724views

楽器探訪 Anothertake

存在感がありながら他の楽器となじむシンフォニックなサウンドが光る、Xeno(ゼノ)トロンボーンの最上位モデル

5239views

荘銀タクト鶴岡

ホール自慢を聞きましょう

ステージと客席の一体感と、自然で明快な音が味わえるホール/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

11637views

山口正介 - Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

この感覚を体験すると「音楽がやみつきになる」

8380views

楽器のあれこれQ&A

ドラムの初心者におすすめの練習方法や手が疲れないコツ

10635views

日生劇場ファミリーフェスティヴァル

こどもと楽しむMusicナビ

夏休みは、ダンス×人形劇やミュージカルなど心躍る舞台にドキドキ、ワクワクしよう!/日生劇場ファミリーフェスティヴァル2022

2949views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

25128views