Web音遊人(みゅーじん)

オーダーメイドで楽譜を作り、作・編曲家から奏者に楽譜を届ける/プロミュージシャン用の楽譜を制作する仕事

音楽番組や映画、コマーシャルなどで使われる楽曲の収録現場や、オーケストラのコンサート演奏で使用される新たな作品やアレンジの楽譜は、「写譜」と呼ばれる制作方法で作られている。写譜を専門に行っている株式会社東京ハッスルコピーのディレクター、藤川千愛さんにお話を伺った。

「私たちが普段目にしている出版譜は、印刷されることを前提に時間をかけて整えられていて、この制作方法を『浄書』と呼んでいます。反対に写譜は、一般の人が目にすることのない作業ですが、“音として聴く楽譜”と言えます」と話す藤川さん。写譜で作られた楽譜は一回使い切りになる場合がほとんどで、出版譜として出回ることはないが、私たちがメディアやコンサートで耳にする音楽にとっては必要不可欠なものである。
写譜の仕事は、テレビ番組やコンサート制作のプロダクションなどから制作依頼を受けたあと、作曲家や編曲家からスコアが仕上がってくるのを待ち、スコアが届いたところからスタートする。
「オーケストラの楽曲制作の場合は、スコアが届いたら必要数のパート譜に分けて写譜を行います。ご依頼をいただく時点で、リハーサルやレコーディングの日程は決まっていますので、その日程が楽譜の納期になりますね。さまざまな要因で、スコアの到着が遅れることもありますが、遅れた分は私たちのスケジュールを柔軟に変更させたり、写譜屋さんの人数を調整したりして、納期に間に合わせています。作曲家や編曲家の先生方を急かしたりはせず、最後までよい音楽を作ることに集中していただく、ということを大切にしています。通常、スコアが届いてから納品まで2日間程度で仕上げることが多いですが、急ぎの場合は2時間で仕上げる、なんてこともありますよ」
藤川さんは主に、そうした制作スケジュールの管理や取引先とのやりとりなどのディレクション業務のほか、校正、製本、納品業務など、楽譜を作るために必要な作業を行っている。

写譜を行う前に用紙サイズの選択や五線のサイズ、音符や記号、文字の大きさ、フォントなども決めていく。全てがオーダーメイドであることも写譜の楽譜の特徴だ。そうした仕様が決まったら、写譜屋の出番。社内には30数名の写譜屋が在籍しており、経験年数や得意分野、手書きかコンピューターでの制作かなど、依頼される楽譜によって藤川さんが適切な写譜屋を決める。
「例えばオーケストラの楽譜ですと、キレイに書くための技術や経験がそれなりに必要になりますので、制作できる写譜屋は限られてきます」
なお、作曲家や編曲者によって譜面の書き方にも個性が出てくるという。
「届いたスコアに文字とコード譜しか書かれていないこともありますよ。“春っぽく”とか“わいわい遊ぶ感じ”とか。ときにはダジャレが書かれていることも。もちろん全て写譜します。それらひとつひとつ、奏者のことを考えて書かれているんです。きっちりと音符を譜面に書かなくても、奏者が読み取ってくれるという信頼があるんですよね。書きすぎないことも技術のひとつなんだと感じます」

手書きで写譜をする様子。スコアを見ながらパート譜を素早く作成していく。

楽譜が仕上がったら、校正を行う。校正作業はディレクション担当者によって大きく異なる部分だという。
「私の場合は、“譜めくり”といって、楽曲のどの部分で譜面をめくるか、という点を重視しています。奏者ファーストというか、奏者が一番演奏しやすい楽譜づくりを心がけていますね」
校正、製本を終えて楽譜が出来上がったら、現場まで納品するのも藤川さんの大切な仕事。特に大きなコンサートの場合はリハーサルにも立ち会うという。
「なぜ立ち会うかというと、リハーサル中に楽譜の修正が出る場合もあるんです。修正が出たら急いで会社に電話をかけて“1時間で直して”とお願いすることも。そんな無理難題な修正でも、会社の先輩や写譜屋の皆さんがなんとか対応してくれています。おかげで奏者さんに感謝のお声をいただくことも多いです。“間に合わせてくれてありがとう”って」

右側が実際に手書きされた写譜。左のコンピューターソフトで作られた楽譜と比べると違いがわかりやすいが、初見でもすぐに演奏できるよう、巧みな工夫が施されている。

小学校から吹奏楽に親しんでいたという藤川さん。高校生のときに部活の指導に来ていたOBが浄書で楽譜を作っていたことから、楽譜制作の仕事を知ったという。
「学生の頃の夢は“音楽に関わる仕事に就きたい”でした。歌手や奏者になりたかったわけではなく、漠然と大好きな音楽に関わっていたいと思っていたんです。なので今、すばらしい音楽を作る人、演奏する人とともに、仲間になって音楽を生み出すお手伝いができているのは大変うれしいですし、それが写譜の仕事において大きなやりがいだと感じています」

コンピューターで譜面を制作する写譜屋も、手書きの写譜を必ず学んでいるのが東京ハッスルコピー流。判断に迷うときは、「手書きならどう書くか」を基準にしている。

 

Q.小さい頃になりたかった職業は?
A.小学校の文集を見返すと「音楽関係の仕事に就きたい」と書いていました。農業系の大学に進学したので、化粧品関係などの仕事にも興味を持ちましたが……、小学生の頃の夢のとおりになりましたね。ちなみに大学生の時、吹奏楽連盟の課題曲の楽譜に「東京ハッスルコピー」という会社名が書かれていたのがきっかけで、弊社のことを知りました。

Q.休日は何をしていますか?
A.現在アマチュアオーケストラに所属しているので、その練習をしていることが多いです。オケ以外にも木管五重奏や吹奏楽もやっているので、その練習も並行して行っています。

Q.好きなものはなんですか?
A.お酒が好きで、大学のときに醸造を勉強する学科を専攻していました。練習後は必ずメンバーの皆と飲みに行っています。今年のお正月に飲んだ「ニューイヤー田酒」が美味しくて、最近飲んだなかでは一番でした。

Q.好きな音楽を教えてください
A.クラシックを聴くことが多いですね。フランスの作曲家が好きで、クロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルを好んで聴いています。イギリスのジェラルド・フィンジも好きですね。ピアノの曲も聴きますが、小学生の頃からずっとクラリネットを吹いてきたので、木管五重奏の曲もよく聴いています。

Q.最近行かれたコンサートはありますか?
A.知人が所属するアマチュアオーケストラのコンサートにはよく行っています。プロのコンサートですと、私の好きなクラリネット奏者の一人、ポール・メイエさんがメンバーの木管アンサンブル「レ・ヴァン・フランセ」のコンサートに行きました。

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