今月の音遊人
今月の音遊人:ROLLYさん「曲の素晴らしさや洋楽との出会いなど、大切なことはすべてフィンガー5から学びました」
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2020年のベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーには、実力派アーティストたちの記念碑的な録音が数多く登場している。
それぞれの新譜は各アーティストが満を持して世に送り出す、聴きごたえのあるアルバム。ベートーヴェンイヤーに作品をより深く知り、作曲家に近づくための画期的な録音が多く、作曲家の真意が浮き彫りになっている。
そのなかで、今回はイギリス出身の実力派テノール、イアン・ボストリッジの新譜にスポットを当てたい。ボストリッジはイタリアの指揮者、アントニオ・パッパーノのピアノと組み、実に味わい深いベートーヴェンの歌曲を披露しているからである。
昔からピアノの名手と呼ばれる指揮者は何人か存在する。ヘルベルト・フォン・カラヤン、ゲオルク・ショルティ、ヴォルフガング・サヴァリッシュをはじめ、現存する指揮者ではチョン・ミョンフン、ジャナンドレア・ノセダ、ジェイムズ・レヴァインらが名ピアニストとしての評価が高い。もちろん、ウラディーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム、クリストフ・エッシェンバッハはピアノのソリストとしても名を成している。
現在もオペラのリハーサルのときには自らピアノを弾いて歌手たちとコミュニケーションをとる指揮者がいるが、パッパーノもそのひとり。このアルバムでの彼の自然体で流れるようなピアニズムは、実に魅力的で聴き惚れてしまう。そのピアノのひとつひとつの響きはボストリッジの物語を紡いでいくような歌唱法にピタリと寄り添い、馨しい香りを放つデュオを聴かせている。
プログラムは連作歌曲集「遥かなる恋人に寄す」をメインとし、「アデライーデ」「優しき愛(君を愛す)」など、ベートーヴェンのロマンあふれる歌曲が盛りだくさん。なお、演奏される機会に恵まれない「民謡編曲集」では、ヴァイオリンのヴィルデ・フラング、チェロのニコラ・アルシュテットが参加し、ピアノとの三重奏でボストリッジを好サポート。ベートーヴェンの新たな面に触れる思いがする。
ボストリッジの流麗で清涼で知性あふれる個性的な歌声は、聴き終わると、また聴きたくなる引力の強さを備えている。ベートーヴェンイヤーに、美しき歌曲を世に送り出してくれたことに感謝したい。
※トップの写真左がイアン・ボストリッジ、右はアントニオ・パッパーノ。
『ベートーヴェン:歌曲・民謡編曲集』(輸入盤)
発売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2020年7月24日
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伊熊 よし子〔いくま・よしこ〕
音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。著書に「クラシック貴人変人」(エー・ジー出版)、「ヴェンゲーロフの奇跡 百年にひとりのヴァイオリニスト」(共同通信社)、「ショパンに愛されたピアニスト ダン・タイ・ソン物語」(ヤマハミュージックメディア)、「魂のチェリスト ミッシャ・マイスキー《わが真実》」(小学館)、「イラストオペラブック トゥーランドット」(ショパン)、「北欧の音の詩人 グリーグを愛す」(ショパン)など。2010年のショパン生誕200年を記念し、2月に「図説 ショパン」(河出書房新社)を出版。近著「伊熊よし子のおいしい音楽案内 パリに魅せられ、グラナダに酔う」(PHP新書 電子書籍有り)、「リトル・ピアニスト 牛田智大」(扶桑社)、「クラシックはおいしい アーティスト・レシピ」(芸術新聞社)、「たどりつく力 フジコ・ヘミング」(幻冬舎)。共著多数。
伊熊よし子の ークラシックはおいしいー