Web音遊人(みゅーじん)

連載34[ジャズ事始め]自分だからこそ表現できるジャズをやるしかないと気づいた佐藤允彦が渡米するまで

オスカー・ピーターソンの目の前で本人のレコード収録音源の完コピを披露して「冷汗が流れ」た17歳の佐藤允彦が下したのは、“オスカー・ピーターソンになる”のではなく「俺をやるしかない」という「当然すぎる結論」だったが……。

「しかし俺をやるって一体どういうことなんだ?(中略)ニッポンジンがジャズをやって行けるものなのか? ジャズってなんだ? ニッポンジンって何なんだ?」(引用:佐藤允彦『すっかり丸くおなりになって…』1997年、メーザー・ハウス刊)

このような疑問を抱かざるを得なかった当時の背景を、ちょっとだけ説明しておこう。

1941年生まれの佐藤允彦が17歳だから1958年ごろのこと。

「この道に足を踏み入れた時、最先端がビーバップだったことと関わってくるのかも知れない。当時はチャーリー・パーカーが死んで間もないころで、パーカーの曲を演奏したりフレイジングを模すのはまだかなり“今日的”なことだった。ロリンズやマイルスの新しいアルバムの曲を逸早くレパートリーに取り入れれば、得意顔ができた。つまり、ビーバップは火口から噴出したばかりの溶岩のように灼熱の流動体だったのだ。それが今後どこへ流れていって、どんな形に固まるのか予想もつかぬままに追いかけていたのが我々で、ビーバップ=全ジャズだと思い込んで疑うことはなかった」(引用:同前)

ジャズのイノヴェーターにしてモダン・ジャズを創始したひとりであるチャーリー・パーカーが亡くなったのは1955年。

ソニー・ロリンズが『サキソフォン・コロッサス』(1956年)、『ウェイ・アウト・ウエスト』(1957年)、『ヴィレッジ・ヴァンガードの夜』(1957年)などジャズ史に残る傑作を次々と世に送り出し、マイルス・デイヴィスは大手コロムビア・レコードと契約して『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1956年)をリリース、映画「死刑台のエレベーター」の音楽を担当する(1957年)といったように、パーカー・チルドレンとも言えるポスト・ビバップの面々が活動期に入って注目度が増していったのが、この時期だ。

こうした“ビバップへの対立的なスタンス”は、当時のアメリカで同時多発的に発生していたから、その機運が日本の若手ジャズ・ミュージシャンたちにも少なからず刺激を与えていたのだろう。

そんななか、佐藤允彦の“ジャズへの向き合い方”に多大な影響を与えたのが、1960年代に大きな潮流となるフリー・ジャズだった。

フリー・ジャズとは、狭義では「商業主義的なポピュラー音楽に変貌したジャズを、アフリカン・アメリカンのルーツ的な音楽要素で再構築させる」というコンセプトによって演奏されるものを指す。だが彼は、“ポピュラーなジャズ”を“再構築”できるのであれば、“アフリカン・アメリカンのルーツ”という部分を置き換えることで、“俺をやる”ためのジャズの道が拓けるのではないか、と考えたのかもしれない。

「そんな……、勝手に置き換えていいの?」と思うなかれ。なんでもアリがジャズなのだから。

ということで、日本にもフリー・ジャズの嵐が吹き荒れることになった1960年代前半を“当事者”として過ごした佐藤允彦は、1966年9月に日本を離れてバークリー音楽大学へ留学する。

お気づきのように、渡辺貞夫の同大学留学とは状況も本人の心持ちもだいぶ違っていた──という話は次回。

「ジャズ事始め」全編 >

富澤えいち〔とみざわ・えいち〕
ジャズ評論家。1960年東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる生活を続ける。2004年に著書『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)を上梓。カルチャーセンターのジャズ講座やCSラジオのパーソナリティーを担当するほか、テレビやラジオへの出演など活字以外にも活動の場を広げる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。『井上陽水FILE FROM 1969』(TOKYO FM出版)収録の2003年のインタビュー記事のように取材対象の間口も広い。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。
富澤えいちのジャズブログ富澤えいちのジャズ・ブログ道場Facebook

特集

今月の音遊人 岡本真夜さん

今月の音遊人

今月の音遊人:岡本真夜さん「親や友達に言えない思いも、ピアノに聴いてもらっていました」

5687views

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

音楽ライターの眼

3人の名手による、親密で知性的なアンサンブル/吉井瑞穂&北谷直樹 デュオ・コンサート

3467views

楽器探訪 Anothertake

新開発の音響システムが表現力のカナメ。管楽器の可能性を広げる「デジタルサックス」

1206views

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

楽器のあれこれQ&A

ピアノやエレクトーンを本番で演奏する時の靴選び

40183views

ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】ぱんだウインドオーケストラの精鋭たちがバイオリンの体験レッスンに挑戦!

10515views

コレペティトゥーアのお仕事

オトノ仕事人

高い演奏技術と幅広い知識で歌手の表現力を引き出す/コレペティトゥーアの仕事(前編)

12713views

ホール自慢を聞きましょう

ウィーンの品格と本格派の音楽を堪能できる大阪の極上空間/いずみホール

3342views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

7152views

小泉文夫記念資料室

楽器博物館探訪

世界の民族楽器を触って鳴らせる「小泉文夫記念資料室」

16115views

われら音遊人

われら音遊人

われら音遊人:バンドサークルのような活動スタイルだから、初心者も経験者も、皆がライブハウスのステージに立てる!

5665views

パイドパイパー・ダイアリー Vol.3

パイドパイパー・ダイアリー

人生の最大の謎について、わたしも教室で考えた

3689views

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅 - Web音遊人

音楽めぐり紀行

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにサルサ!キューバ音楽に会いに行く旅

19674views

世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

おとなの楽器練習記

【動画公開中】世界各地で活躍するギタリスト朴葵姫がフルートのレッスンを体験!

5372views

ギター文化館

楽器博物館探訪

19世紀スペインの至宝級ギターを所蔵する「ギター文化館」

10355views

音楽ライターの眼

ブラームスの青春譜、円熟のピアノ三重奏曲/徳永二男、堤剛、練木繁夫による珠玉のピアノトリオ・コンサートVol.6

1714views

弦楽器の調整や修理をする職人インタビュー(前編)

オトノ仕事人

見えないところこそ気を付けて心を配る/弦楽器の調整や修理をする職人(後編)

6664views

われら音遊人ー021Hアンサンブル

われら音遊人

われら音遊人:元クラスメイトだけで結成。あのころも今も、同じ思いを共有!

3159views

最新の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

楽器探訪 Anothertake

アコースティックギター専用の音響解析技術で低音域のパワフルな音量と響きを実現

6886views

ザ・シンフォニーホール

ホール自慢を聞きましょう

歴史と伝統、風格を受け継ぐクラシック音楽専用ホール/ザ・シンフォニーホール

14732views

山口正介さん Web音遊人

パイドパイパー・ダイアリー

サクソフォン教室の新しいクラスメイト、勝手に募集中!

3291views

トロンボーン

楽器のあれこれQ&A

初心者なら知っておきたい、トロンボーンの種類や選び方のポイント

10025views

東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

こどもと楽しむMusicナビ

子ども向けだからといって音楽に妥協は一切しません!/東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」

7152views

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする Web音遊人

音楽めぐり紀行

太平洋に浮かぶ楽園で、小笠原古謡に恋をする

6712views